第6回「失ってはならないもの」

 

 

突然ですが、クイズです。「国宝が最も多い都道府県は?」

①東京 ②京都 ③奈良

 

 

 

さて、皆さんはどれを選ばれたでしょうか?

正解は①東京です。(2020.1.11日経プラス1より)東京には博物館や美術館が多いため、とのことですが、皆さん、②京都とお答えになりませんでしたか?実は54%の人が京都と答えたそうです。有名な寺社が多いことから、そのような印象を持たれるのも当然かもしれません。そして、京都出身の私も間違えた一人でした。

国宝とは、文化財保護法で指定された重要文化財のうち、「世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるもの」として指定されたものです。文化庁のホームページを見ると、重要文化財の中には有形のものと無形のものがあり、有形のものには建造物と美術工芸品があります。

昨年秋に、世界遺産の首里城の大部分が消失したショッキングな事件は記憶に新しいところです。文化的にも歴史的にも価値の高い文化財が失われることは、本当に大きな損失でもあり、その地域の人々にとって精神的ダメージも大きいと言われています。

昭和24年の法隆寺金堂の火災をきっかけに、昭和30年に文化財防火デーが制定され、毎年1月26日を中心にして全国で文化財防火運動が進められています。

クイズで②を選んだ方々が持つイメージの通り、京都には多くの有形文化財があり、京都市だけでも国宝や重要文化財の約2割が集中しています。建物や仏像などを火災やその他の大規模災害時にどのように守っていくかは、大きな課題ではないかと、危機管理に携わるようになってからとても気になっていました。そして調べてみた結果、京都ではユニークな取り組みが行われていることがわかりました。

 

京都市では、地域住民と協力し文化財を守る取り組みとして「文化財市民レスキュー隊」というものがあちこちで結成され、日頃から情報共有をしたり、共同で訓練を行ったりしています。

例えばあるお寺で火災が起きたとします。火災報知器が鳴ると同時にお寺の関係者が近隣に火災を知らせ、事前に役割を決めてあった地域住民が消火にあたり、仏像や古文書などの文化財を安全な場所まで運び出す、という取り組みです。

有事の際に混乱した状況下では、お寺の関係者だけで多くの文化財を運び出すのは至難の業です。そこで元々門前町としてお寺と関係の深かった地域住民も巻き込んで、皆で文化財を守ろう、という協力体制を築くことができているのです。

文化財の中には復元可能なものもあるかもしれませんが、多くの場合はそうはいきません。一度失われてしまえば、元の価値はなくなってしまう。それがどれだけ大きな影響があるかは計り知れません。

価値の高い文化財があるからこそ、多くの観光客も訪れ、地域経済を支える源となっている。そうしたことを十分に理解している近隣の住民と協力して、いざという時には地域ぐるみで大切なものを守ろうとする素晴らしい取り組みだと私は感銘を受けました。

 

また、宮城県石巻市で100年以上続き、東日本大震災で被災した「島津麹店」の復活劇も、危機管理を考えるうえで大切な示唆を与えてくれます。
麹は最近ではそのまま飲み物や調味料にもなっていますが、日本酒、醤油、味噌などを発酵させるために、麹菌は欠かすことのできない重要な原材料です。

島津麹店では津波に襲われた店や工場は完全に浸水。長年使い続けてきた木製の道具なども腐って使えなくなり廃業の危機に直面しました。何よりも深刻だったのは、100年以上かけて育ててきた伝統の麹菌がどこにも残っていないのではないか、という懸念でした。事業を継続しようにも、菌をまた一から作り育てるのではほとんど再開のめどが立たない、と途方に暮れていたところに、取引先からわずかに種菌が残っているという知らせが届きました。もちろんそこからの道のりも容易ではなかったそうです。それでも試行錯誤を重ね、島津麹店は復活、そして復興したのです。

 

京都の文化財、そして宮城の島津麹店の例が示しているものは、有事の際に「失ってはならないもの」が存在するということです。

いざという時、一番に「守るべきもの」はもちろん人命です。でも、そこですべての思考がストップしてしまうのは一つの「落とし穴」かもしれません。危機を乗り越えようとしたとき、地域が地域としてあり続けるために、企業が企業として存続するために不可欠なものは必ずあるはずです。平時から「失ってはならないもの」に思いをはせ、「守るべきもの」としてきちんと位置付ける。そうした視点を持つことが大切なのだと思います。

人命の次に優先させたいものは建物、設備、それとも情報でしょうか?不幸にして被害にあったとしても、その後、事業を継続させるために必要な唯一無二のものは何でしょう?

「失ってはならないもの」を「守るべきもの」とし、有事の際に守り抜く。そのために、自分たちで、あるいは誰かの協力を得て、できることを、今一度考えてみられてはいかがでしょうか。

プロフィール:


シニアコンサルタント 青木朋子

年齢は秘密ですが、平成の初期にNTTに入社し、気がつくとずい分長いキャリアになりました。
月日の経つのは早いものですね。
現在は危機管理やBCPのコンサルティングを担当していますが、元々は人材育成が本業です。
ビジネスや組織の仕組みももちろんですが、その主役である「人」に常に着目しています。
プライベートでは、小学生の男の子の母で、やんちゃ坊主に振り回される毎日です。
昔から好奇心の強い性格なので趣味は色々ありますが、最も好きなのは芝居を見ること。
特にミュージカルと古典芸能(歌舞伎や狂言)が大好きです。
最近では宝塚歌劇の魅力にはまっていて、なかなか抜け出せません(笑)
出身は京都で血液型はAB型と言うと、もれなく「裏表のある二重人格者」というレッテルを貼られるのが悩みです。