第5回「“タワーリング・インフェルノ”に学ぶ危機管理の本質」

 

 

「タワーリング・インフェルノ」と聞いて「あ~、あれね。」と反応する人はかなりの通であろう。

ポール・ニューマン、スティーブ・マックイーンという当時の映画界をリードする二大スターが出演していただけでも、かなり胸躍る感じがするのは私だけだろうか。

 

本映画は、当時スティーブ・マックイーンが出演していたワーナーと、ポール・ニューマンが出演していた20世紀フォックスの共同製作・配給作品でもあり、パニック映画としての期待も高かったとされる。興行成績もおそらく相当のものであったと推察されるが、まずは、そのスケールの大きさと、2大スターを始め、ウィリアム・ホールデン、フェイ・ダナウェイ、リチャード・チェンバレン等々綺羅星のごとく銀幕のスターが出演しているというだけでも話題性十分の作品であった。

 

さて、前置きはこのぐらいにして、本題に入ることにしよう。まず、「タワーリング・インフェルノ《The Towering Inferno》」というタイトルだが、直訳すれば、「towering」は高くそびえる、「inferno」が地獄だから、そびえたつ地獄とでも訳すことになろうか。要は高く聳え立つ超高層ビルが地獄と化してしまうということなのだが・・・。

 

このタイトルだけでビビッと反応する人は危機管理やBCPに対する感度が頗る高いということになるのだろうか。今我が国、特に、首都周辺の状況を考えるとき、このタイトルは正にゾッとするタイトルなのではないだろうか?もしも超高層ビルで火災が発生したら、50階以上の超高層ビル、否50階どころか、70階、あるいは80階の超高層ビルの出現が現実のものとなりつつある今、この映画が示唆するところは大ではないかと個人的には考えている。

 

この映画がアメリカで公開されたのは1974年12月、日本での公開は1975年6月であるが、実は、映画公開の年の1974年2月1日にブラジルサンパウロの25階建てのオフィスビルである、ジョエルマビルで、エアコン室外機のショートが原因で火災が発生し、227名の犠牲者を出している。この事実は、本映画が決して絵空事ではないことを如実に物語るものでもある。

 

さて、映画の細かなストーリーを説明することが本題ではないため、詳細については映画を是非鑑賞頂ければと思うのであるが、ごく簡単にストーリーを紹介すると、地上550m、138階建ての超高層ビルの81階で火災が発生して延焼し、地獄と化していく中で、ビルを設計したポール・ニューマンと消防士の隊長であるスティーブ・マックイーンが尋常ならざる働きで鎮火させるというものである。

 

私がこの映画を見て、危機管理上の肝と思ったことが2つある。それは、「まさか」、「ありえない」という言葉に象徴される、想定外が根底にあるということ、もう一つは、「訓練をしないなんて無責任よ」という言葉に象徴される防災訓練あるいは演習の重要性である。つまり、想定外を可能な限り少なくするよう、災害イマジネーション力を高める効果的な訓練をしておくことが重要であるという点である。超高層ビルは、最新(当時)の防災システムを導入しており、とあることが原因でシステムが作動しない、あるいは制御できないという事態は誰も想定していなかったのである。本当に意外なところに原因が潜んでいるという意味でシナリオは良くできているのだが、本質は実はその背後にある。すなわち、想定外のことが生じた場合には、置かれた状況下でイマジネーション、想像力を働かせて、対応する他ないという点である。

 

危機管理の肝が、実は想像力、イマジネーションと聞くと意外と思われるかもしれない。しかし、現実には、想定していないことが起こりうるのであり、これまでの経験則による知見をもってしては解決策が見出せないことが必ず発生する。この後どんなことが起きるのかを想像できなければ、適切な対応はできないことを肝に銘じておく必要がある。だからこそ、普段から災害イマジネーション力を養成することで、想定外を少なくし、一歩先を読んだ対応ができるようにする訓練が必要になってくる。つまり、効果的な訓練とは、イマジネーションや想像力を引き出すことができる訓練ということになる。さて、皆様が取り組まれている訓練はどれだけ想像力を引き出すことができているだろうか?

 

もちろん、映画でも、主人公の二人がとった解決策は「クレージー」そのものであり、正にイマジネーションを働かせた、創造的な解決手法であったと言えるのだが・・・。

お楽しみは是非映画をご覧あれ。

 

見てきたように、この映画は、危機管理の在り方、BCPの本質を考える上で有益なヒントを与えてくれるものではあるのだが、一方では、最新の超高層ビルの建設を巡る、発注者(オーナー)と設計者、工事施工者、あるいは行政との人間関係の一端が垣間見える、風刺が効いたシーンもある。妙にリアリティーを感じてしまうのは私だけだろうか?

 

「タワーリング・インフェルノ」から学べる事は少なくないと考えるが、それ自体も、実は、鑑賞側の災害イマジネーションによるところが大きいように思う。後は、興味・関心を持たれた読者に是非本映画を鑑賞して頂き、この映画から一つでも多くの教訓を学んでいただけたらと思う。

 

そういえば、この映画の製作者は、あの「ポセイドン・アドベンチャー」を製作した、アーウィン・アレンである。えっ、「ポセイドン・アドベンチャー」と聞いても分からない?

これも危機管理の本質を知る上では重要な映画なのだが・・・・。時代が違うと言われてしまいそうなのでここまでにしておこう。

ただ一つ言えるのは、どうやら私は子どもの頃から、危機管理が好きだということらしい。

 

追伸

本コラムを推敲中、台風19号に遭遇した。まずは、台風19号で被災された方々また亡くなられた方々に対し心から哀悼の意を捧げたい。私事ではあるが、東北地方太平洋沖地震による津波で両親を失った。被災経験を持つ者にとって、先日の台風15号、そして今回の台風19号による被災は決して他人事とは思えない。被災された方々の心情を思う時、筆舌に尽くしがたい思いがある。防災や危機管理に誰よりも情熱をもって取り組んでいる自負はあるものの、こうして被災報道に直面するとき、自らの無力さも同時に思い知らされ、茫然としてしまうこともまた事実である。今は、被害が最小限にとどまってほしいと切に願うのみである。しかし、ここで立ち止まってはいられない。今回の台風を教訓にさらに防災・危機管理に邁進していきたいと考えている。

 

プロフィール:


シニアコンサルタント

木村正清

 

防災、BCPに関するコンサルティングを始め、危機管理人材の養成に関わっています。

元々は法律の中の法律といわれる民事訴訟法の研究者をめざしていました。全般的にリスクマネジメントが好きなのかもしれません。

 

クラシック音楽と猫をこよなく愛しています。やはりバッハですね。そしてベートーベン。

バッハのヴァイオリンパルティータを聞くと、想像力が無限大に膨らむんです。

留学した大学がBonnだったので、ベートーベン像を見て感動したのを今でも覚えています。皆さんもBonnを訪れれば、「なるほど、だから交響曲5番なんだ」と思うはず。

 

宮城出身で、東日本大震災からの郷里の復興を心から願う一人です。