第2回「闇が広がる」

「闇が広がる 人は何も見えない 誰かが叫ぶ 声を頼りに彷徨う」

これはジュネーブ郊外で暗殺された美貌のオーストリア皇后が主人公の人気ミュージカル「エリザベート」の中の曲、「闇が広がる」の一節です。

劇中では絶望した皇太子ルドルフが半ば狂気に駆られて自らの孤独を歌う内容ですが、数年前このミュージカルの上演中、実際に東京宝塚劇場が停電で真っ暗になりしばらく上演が中断される、というアクシデントがありました。

 

昔の歌舞伎などは、照明は蝋燭や提灯、音響効果もせり上がりも全て人力で行われていましたが、現代では当たり前のように全てが電力で動いています。

最近の商業演劇では装置も大がかりになり、背景や効果映像にもCGが使われることが増えてきました。

このような状況では、電力が途絶えた瞬間に芝居はもう続けられなくなってしまいます。出演者やスタッフの安全も確保できませんしね。

 

一方、自分がその場に観客として座っていたとしたらどうでしょうか?

劇場や映画館といった閉ざされた空間で真っ暗になった状況を想像してみて下さい。係員の指示に従って落ち着いて行動できますか?非常口の位置は普段から確認できていますか?

 

突然すべての明かりが消え、闇に包まれるというのは何とも不安です。恐怖にかられた経験は皆さんもあるのではないでしょうか。

私自身も数年前のある夜、自宅で子どもと二人きりの時に突然停電になりました。必死で懐中電灯を探し出し、子どもと寄り添いながら数十分間をとても不安な気持ちで過ごしたことを覚えています。

 

昨年の夏、北海道で大規模地震の影響による広いエリアでブラックアウト(停電)が起きました。

電力不足が原因で、いくつかの空港が閉鎖され、北海道に工場を持つ企業も、設備や従業員に大きな被害がなかったものの、操業を停止しました。さらに深刻な影響が出たのは食品関連や小売業です。9月初旬というまだ暑い時期だったこともあり、冷蔵・冷凍ができないため保存が難しくなったものが沢山あったと言われています。

 

あるお客さまからは、こんな驚くようなお話を伺いました。

テナントとして道内のオフィスビルに入居されていたのですが、管理会社からは「停電時には非常用電源が使えます」と事前に聞いていたそうです。ところが実際にブラックアウトが起こってみると非常用電源が使えたのはなんと玄関やエレベーターホ―ルなどの共用部のみ。オフィスは真っ暗なまま電力会社の復旧を待たなければならなかったため、その期間ずっと業務を停止せざるを得なかった、というのです。皆さまが入居されているビルは大丈夫でしょうか?

 

日本企業は外資系企業などと比較すると、相対的にテナントとして入居するオフィスビルを選ぶ際、耐震や電力供給などの基準のチェックが甘いようです。

「このビルは新しく、制振(または免震)構造なので大丈夫です」という説明だけで安心し、詳細な根拠やデータを確かめずに選定が進むという話もよくお聞きします。先ほどの非常用電源設備の例も同じですね。

 

突然停電に見舞われ、「助けて!」と叫ばなければいけない状況に陥らないために、普段から何を想定して、何を備えておかなければいけないか、「闇を広げない」準備もBCPの重要なポイントの一つです。

 

プロフィール:


シニアコンサルタント 青木朋子

年齢は秘密ですが、平成の初期にNTTに入社し、気がつくとずい分長いキャリアになりました。
月日の経つのは早いものですね。
現在は危機管理やBCPのコンサルティングを担当していますが、元々は人材育成が本業です。
ビジネスや組織の仕組みももちろんですが、その主役である「人」に常に着目しています。
プライベートでは、小学生の男の子の母で、やんちゃ坊主に振り回される毎日です。
昔から好奇心の強い性格なので趣味は色々ありますが、最も好きなのは芝居を見ること。
特にミュージカルと古典芸能(歌舞伎や狂言)が大好きです。
最近では宝塚歌劇の魅力にはまっていて、なかなか抜け出せません(笑)
出身は京都で血液型はAB型と言うと、もれなく「裏表のある二重人格者」というレッテルを貼られるのが悩みです。