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2021/10/05

社会不安の中で考える感情のコントロール~2つの処方箋~

1.はじめに ~社会不安が大きくなっている今だからこそ

コロナ禍が続く中、徐々に社会全体に不安や怒りなど負の感情が大きくなっている気がします。
子どもたちの心に与える影響も大きく、国立成育医療研究センターの調査によれば小学生の15%、中学生の24%、高校生の30%に中等度以上のうつの症状がみられたと言います(小学4年生以上の4600人余りを対象に調査)*。
参考リンク:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210210/k10012859671000.html

ビジネスの世界でもアンガーマネジメントやマインドフルネスなど、時代に応じて自分の精神状態をコントロールするためのスキルは重要視されてきました。

今回は誰にでも課題となりうる心の問題、感情のコントロールに焦点を当ててみましょう。

2.なぜ感情のコントロールが重要なのか

よく「感情のコントロールをしなさい」と言われますが、なぜそれは必要なのでしょうか。

感情のコントロールというのは、感情をなくしなさいというわけではありません。喜ぶべき時に喜び、悲しむべき時に悲しむのは人間である以上、当然のことです。

ただ、状況によっては感情に身を任せておくことが出来ない場合もあります。戦争のさなかで同僚が撃たれて戦死した場合、悲しみに打ちひしがれて自分の戦闘能力まで下がってしまってはいけません。ビジネスにおいても、重要なプレゼンテーションの前日に恋人から振られてしまったとしても、それが自分のプレゼンテーションの出来に影響してはいけないでしょう。感情の渦に飲み込まれるということは、その分、論理的な思考や合理的な判断が出来なくなるということです。怒りに任せて部下を叱り飛ばしたり、悲しいからと言って一日泣いてばかりいては組織としてのパフォーマンスが著しく下がってしまいます。その感情はそれとして、ビジネスでのパフォーマンスを下げないような工夫をすること、それが感情コントロールの一つの大きな理由です。

もう一つ重要なことは、負の感情を抱え続けてしまうと、その人の人生そのものが暗くつらいものになってしまう可能性があるということです。どこかで辛い記憶を忘れたり、切り替えて次に進む一歩を踏み出さねばなりませんが、何らかの失敗体験がトラウマになって上手く動けないというケースはよくあるものです。コロナ禍で問題になるのもこの部分で、社会全体に閉塞感がある中、鬱々とした気分が続いて健康を害してしまっている人も多いのではないでしょうか。ここもまた単なるビジネスパフォーマンスだけではない、重要な視点ということができるでしょう。

3.脳科学では既に多くのことが分かっている

よくアンガーマネジメントでは、怒りの感情が湧きおこったら90秒間とりあえず我慢してみようと言います。これは、生体反応において「怒りに関するホルモン」は90秒以内になくなることが分かっているからです。

また、不安などの気持ちは脳の海馬や偏桃体という場所が関わっており、ここで不安感情が増幅され、記憶されることが分かっています。そして同時に、より外側の前頭前野(いわゆる理性を司る脳の部分)を働かせれば、海馬や偏桃体の(不安を増大させるような)働きを鈍化させることができるということも分かっています。

専門的な単語が多くなると分かりにくい気もしますが、これは実際に私たちが生活の中で経験していることです。


例えば、夜道を歩いていて後ろから「コツ、コツ、コツ」と足音が近づいてきたら恐怖と不安で胸を掴まれるような思いがするでしょう。しかし、振り向いて、それが家族の一人だと分かった瞬間に不安は消し飛んでしまいます。「な~んだ、○○だったの」となる、というのはこの瞬間に前頭前野が働いて、よく分からない不審者と家族を区別したことから生じています。

友人に裏切られて怒り心頭に達している人がいるとしましょう。その友人にものっぴきならない事情があり、今回のケースではやむを得ない判断だったのだということが分かれば、怒りの気持ちはあるとしても感情に任せて怒り狂うということはなくなるでしょう。これも相手の状況を理解するという脳の作用があって、感情部分が抑えられているからです。

端的に言えば、「馬鹿野郎!」と叫ぶのと、「俺は今、『馬鹿野郎!』って叫びたい気分なんだ」というのでは全く違うのです。後者の方は自分を俯瞰しており、理性的に前頭前野を働かせることができており、怒りの感情は持ちつつも、コントロールすることが出来ているということです。

感情に関する脳科学の機序というのは分かってきている部分も多く、それを知ることで自分の感情コントロールについても多くの示唆があるところです。

3.感情コントロールのための2つの処方箋

そうした脳科学などの知見も活かして、ここでは2つの感情コントロールの処方箋を描いてみましょう。

(1)セルフイメージを高めること、自分に自信を持つこと

好きや嫌い、怖いや嬉しいといった感情は、結局は自分の評価、認識にすぎませんから、客観的に存在するわけではありません。人前で裸になるのは恥ずかしくても、人間ドックの検査であれば普通に服を脱ぐのは何故でしょうか。それは自分として、そのシチュエーションで当たり前だという認識をしているからです。

ところで、自分に自信が持てない人、いわゆるセルフイメージが低い人は、必要以上に失敗を恐れたり、他者に攻撃的になったりする傾向があります。何かを間違えても「良い経験だった、次に活かせるね」と思えず、「自分は悪くないんだ。他の人が悪いんだ」と思ってしまうということです。自分に少しずつでも自信が持てるようになっていくと、物事をポジティブに評価できるようになってきます。

  • あの人が意見をくれたのは、自分のアイデアをもっと良くしてくれるためなんだ。
  • こんな情報は知らなかった。勉強になって嬉しいな。
  • 今回成功できたのはみんなの協力のおかげだ。心から感謝の気持ちで一杯だ。

物事をどうとらえられるかは自分次第であり、その自分を強く持つということ、俗にいう「根拠のない自信」を持つというのは感情面で非常に健全だということです。日ごろから自分らしく生きようとし、自分のセルフイメージをあげていく努力をしていくと、感情のコントロールの意味でも良い効果があるでしょう。

(2)物事を俯瞰して見る訓練をすること、長期的・大局的に見ること

何か不幸や悲しいことがあると、「なぜ自分だけが」と思いがちです。こんな悲しい気持ちになっているのに、なぜ周りの人は分かってくれないのか、あるいはもう前向きになれず、なにもやる気が出てこない、といった気持ちになることもあるでしょう。人間というものはいつも元気でいるわけではありませんので、仕方がないことです。

一方、それが長期にわたって続いてしまうとトラウマとなったり、人間関係を壊してしまったり大きな問題になりかねません。どこかでその(大切な)気持ちに区切りを付けて前を向いて歩いていかなくてはいけません。

その時に大切なことは、事実を長期的・大局的に見てみるということです。これは前述の前頭前野を働かせて理性的に考えるということでもありますが、その不幸が本当に自分一人に起こっている話なのか、世界にはもっと辛い状況で苦しんでいる人がいるのではないか、それでも前を向いて努力している人がいるのではないか、と考えてみるということです。

お釈迦様の逸話で面白い話があるので紹介しましょう。娘のジーヴァーが亡くなって泣き叫んでいる母親に対して釈迦が以下のように質問します。

母よ。そなたは「ジーヴァーよ!」といって、林の中で泣き叫ぶ。ウッビリーよ。そなた自身を知れ。すべて同じジーヴァーという名の八万四千人の娘が、この火葬場で荼毘に付されたが、それらのうちのだれを、そなたは悼むのか?
(中村元訳『尼僧の告白-テーリーガーター-』、p.19)

これはやや極端な事例ですが、分かりやすい事例でもあります。
釈迦は、娘を亡くしたのはお前ひとりではない、といっており、その当たり前の事実に目を向けさせて現実を理解させようとしています。もちろん娘が亡くなって悲しいのは当たり前ですが、そのことによって自分自身を見失ってしまってはいけません(「そなた自身を知れ」)。今悲しみを抱えた自分は何ができるだろうか、俯瞰して今の状況を見つめ直すと、悲しみの中にも前を向いて歩き出すきっかけが掴めるものです。

4.最後に ~コロナ禍とニュートンの「奇跡の年」

人間というものは厄介なもので、全て論理的に出来るわけでもなく、全てを感情に任せるわけにも生きません。漱石が「草枕」で書いた通り、

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される」
(頭のいいところが見えすぎると嫌われる。あまりにも情が深いと流されてしまう)

のであって、「とかくに、人の世は住みにくい」のかもしれません。

ただ、感情があるからこそ人間社会は彩り豊かになり、私たちの喜怒哀楽が人生の物語を作っていきます。そういう大切なものと理解しながら、一方でネガティブな感情はなるべくコントロールし、前向きに人生を歩いていきたいものです。そのための処方箋も、実は私たちは持っており、誰もが実践可能なのです。

コロナ禍で不安が広がっているのも事実ですが、これをどうとらえるかも私たち次第です。ペストが流行して大学からの疎開を余儀なくされたアイザック・ニュートンは、疎開中の1年間で万有引力の法則に関する発見など数多くの業績を残し、世に言う「奇跡の年」になりました。何事も捉え方次第であり、どう前向きに向き合っていくか、今まさに感情のコントロールが社会全体で求められているのです。

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