コラム

就業率・特許出願数からみるD&Iの必要性 ~具体策と阻害要因

1. ダイバーシティアンドインクルージョン(D&I)の概要

ダイバーシティアンドインクルージョン(以下D&Iと言う)とは、日本語に直訳すると「ダイバーシティ=多様性」、「インクルージョン=包括・受容」になります。
すなわち、人材の多様性を認め、受け入れて活かすことです。
企業活動において多様性を認めることは、画一的で効率化された活動が制限され、生産効率を下げることにつながりかねません。
そのように一見、企業活動にブレーキをかけるようにも見えるD&Iが注目されているのはなぜでしょうか。
それは、企業がこれまでにない新しい価値提供をしていくために必要不可欠な取り組みだからです。

例えば100メートルを12秒で走る人が9人いる組織があったとします。
その組織の中に100メートル20秒で走る1人が組織に参画したとします。
一見するとマイナスな人員参画にも思えますが、この1名を活かし組織成果の最大化を図ろうとすることが新しい価値創出につながります。先例でいえば、走るスピードの平均値が下がるので、これまでの練習方法を大きく見直し、20秒で走る人がどのようにすれば速く走れるのか、20秒で走る人のパフォーマンスを最大化させるためにはどのような役割が適任か、一生懸命に組織で知恵を出すようになると思います。
そうすることにより、これまで考えられなかったアイデアが生まれ、企業活動そのものをゼロベースで大幅に見直すことが可能になります。
これがD&Iであり、どうすれば多様な人材の強みや苦手な部分を組織の力に変えていけるか。これまでなかった新たな視点を企業活動に活かすために何に取り組むべきか。
新しい発想を生み出すことで企業価値を高めていこうとすることがD&Iと言えます。

2. D&Iの必要性

なぜこのようにD&Iの考え方が急速に広まりつつあるのでしょうか。
理由は日本が抱える超高齢化社会問題が背景にあります。
超高齢化社会になれば生産労働人口が減るため、一人一人の労働者の能力を最大限に活かし、生産性を高く保ちながら働く必要があります。
また、超高齢化社会において、これまで社会的マイノリティと呼ばれる少数派の母集団が、多数派に移行します。多数派の年齢層が高齢に進むことで、社会で求められるニーズが大きく変化してきます。

はじめに日本の高齢化が主要先進国に比べてどの程度進んでいるのか、というデータをご覧ください。
1985年頃までは高齢者人口の割合が10%程度だったものが、現在2020年以降は高齢者人口の割合が30%近くに上がっております。
このグラフから見て取れるように、日本が主要先進国に比べて先んじて高齢化社会を迎えていることにより、他国の成功事例が参考にしづらいことがよくわかります。

引用:総務省統計局「国際比較でみる高齢者」
https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1135.html

それでは、超高齢化社会と就業率の比較を見ていきましょう。
日本の特徴として、高齢化社会でありながら、高齢者が労働力の重要な要になっていることがよくわかります。

引用:総務省統計局「国際比較でみる高齢者」
https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1135.html

加えて、日本の競争力を特許出願の点から見ていくと、過去10年で1割以上も減少しています。日本における競争力を高めていくためにも多様な人材の意見を受容することで、幅広い知恵やアイデアを創出する必要があります。

引用:特許庁 特許行政年次報告書2021本編掲載図表ダウンロード
https://www.jpo.go.jp/resources/report/nenji/2021/graph.html

3. ダイバーシティ&インクルージョンに関する法律や制度

D&Iを実行するためには、日本におけるさまざまな法律や制度を理解しておく必要があります。

①女性活躍推進法

女性活躍推進法とは、女性が活躍しやすい社会をつくるために2015年8月に成立された法律です。
正式名称は「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」です。
「働きたい女性が個性と能力を十分に発揮できる社会」の実現を目的として、事業主に「女性活躍推進法に基づく一般事業主行動計画の策定・届出」および「女性活躍推進に関する情報公表」を義務付けているものです。

引用:厚生労働省「女性活躍推進法特集ページ」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000091025.html

②障害者雇用促進法

障害者雇用促進法とは、障害者の職業の安定を図る目的で、企業の従業員数に応じて一定数の障害者を雇用することを義務付ける法律です。

引用:障害者雇用促進法
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/03.html

③高年高齢者雇用安定法

少子高齢化が急速に進展し人口が減少する中で、経済社会の活力を維持するため、働く意欲がある高年齢者がその能力を十分に発揮できるよう、高年齢者が活躍できる環境の整備を目的として、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)の一部が改正され、令和3年4月1日から施行されています。

引用:厚生労働省 高年齢者雇用安定法
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/koureisha/topics/tp120903-1_00001.html

④外国人の雇用

雇用する外国人がその有する能力を有効に発揮できるよう、職場に適応することを容易にするための措置に取り組み、雇用管理改善などを円滑にするための法律です。

引用:厚生労働省 外国人の雇用
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/jigyounushi/page11.html

このように労働人口の中では少数派にあたる方を保護する法律も重要になります。

4.D&Iの導入を推進するメリット

①人材の獲得率が高まる。

女性、シニア層、障がい者、外国人など、多種多様な人を受け入れることによって、採用対象の母数が広がり従来よりも多くの人材を獲得することができます。
また労働力としてマイノリティの方が気持ちよく働ける環境を整えることで、より多くの質の高い人材を確保できます。

②イノベーションの創出

多種多様な人材の意見を取り入れるということは、発想や視点が数多く出てきます。
それにより、思いもよらないアイデアが生まれ、それぞれの持ち味やスキルを掛け合わせた優れた製品ができることにより、イノベーションが創出されます。

③従業員のエンゲージメント向上

多様な人材を受け入れる企業の姿勢があれば、従業員は自身の個性が認められていると感じられ、企業に対するエンゲージメント向上につながります。
それぞれのエンゲージメントが向上することで、業務に対するモチベーション向上・業績アップにつながります。
それにより、離職率の低下も期待できます。

5.D&Iを阻害する要因

それでは、D&Iの推進にはプラスの要素が多いように見えますが、なぜD&Iが進まないのかその理由を検討していきたいと思います。

①従来の価値観・企業文化から脱却できない

年功序列や男性優位の考え方などこれまでの価値観や企業文化に捉われすぎて、新しい体制について理解が進まないことが考えられます。

経営層がD&Iを推進しようとしても、現場がそれを理解して受け入れられなければ実現はできません。浸透・推進をしていくには社内全体の意識改革が必要不可欠です。
現場では総論賛成各論反対が起きている場合が多いことが考えられます。

②コミュニケーションが難しい

考え方や価値観が異なる人材が集まると、コミュニケーションの部分で課題が出てきます。
情報を正確に伝えることが難しかったり、本来の意図とは違うように受け取られてしまったり、予期せぬ認識の齟齬が発生する可能性が考えられます。
多様な人材の意見を聞くということは、それだけコミュニケーショントラブルを発生させる原因にもなってしまいます。

③様々な働き方が受け入れられない

リモートワークや短時間勤務、産休・育休など、働きやすい環境づくりは重要ですが、制度を利用した人と利用していない人の間で不公平感がうまれ、予期せぬ不満や差別・偏見につながることがあります。
これを防ぐためには、D&Iの本質的な目標を社員に周知して理解を促進することがとても重要です。

6.どこからD&Iを推進していくか

①計画を策定する

D&Iをなぜ推進するのか、その目的を考えるとともに、経営理念や経営方針などと合わせてその方向性とD&Iがどのように連関しているのか整理します。

②人事制度を見直す

多様な人材を受け入れていくためには、人事制度の見直しは欠かせません。職務能力と担当職務で等級を区分していくのか、それとも新たな改革が必要なのか、検討する必要があります。
さまざまな人材が活躍できる環境を用意するためには、公正かつ透明性のある評価制度であり、だれもが納得できる仕組みが必要です。
そのために、多様な働き方をする方の比率がどの程度必要なのか、単なる目標数値ではなく、D&Iを推進するために、どのような属性の方がどの程度必要なのか、より具体的なイメージを持って定量目標を設定する必要があります。

③勤務形態を見直す

育児や介護を行う従業員、通勤が難しい障害者など、多様な人材が活躍できるように勤務形態についても見直しを行いましょう。 フレックスタイムやリモートワーク、短時間勤務など従業員が働きやすくなるように各制度の導入を検討することが必要になります。
この際にも全体的に不公平感が出ないように全体的に考慮することがポイントになります。

④職場環境を整備する

勤務形態の選択肢が増え、多様な人材を受け入れるようになると、社内のコミュニケーションを円滑にする取り組みがさらに重要になります。
マニュアルや研修などを用いて従業員が気軽にコミュニケーションをとれて、自由に意見を言える職場環境についても整備していきましょう。
単にハードウェアや仕組みを整えるだけではなく、誰が意見を出しても否定されない心理的に安全な雰囲気づくりをしていくことが極めて重要になります。

7.まとめ

今回はD&Iについて考えてきました。
D&Iは企業が永続するために、従業員が働きやすい環境を整えたり、さまざまな属性の社員やお客様のニーズを商品開発に反映して、企業価値を上げていこうという取り組みです。
これを機会に御社のD&I推進状況を点検されてみてはいかがでしょうか。