第7回「危機管理とリーダーシップ
~平常時にも役立つ3つの能力~」

1.はじめに~さまざまなリスクに直面している今~

3.11から10年が経ちました。ところが東日本ではその余震とも言われる地震が続き、西日本では南海トラフの危険度が高まっています。

豪雨や台風の被害も毎年のように各地で起きています。さらに新型コロナウィルスの感染拡大というこれまで経験したことのないようなパンデミックもいまだに収束の兆しが見えていません。

自然災害や感染症以外にも、セキュリティインシデントや深刻なコンプライアンス違反といった人為的な事故は、事業の存続を脅かしかねない重大な危機と言えるでしょう。

このような危機に遭遇した時、みなさんの組織ではリーダーシップを発揮して適切に対応できる人材がどのくらいいるか、考えたことはあるでしょうか?

危機対応あるいは危機管理上、組織ではどのようなリーダーシップが求められるのか、考えていきたいと思います。

2.危機発生時の対応とリーダーに求められる能力

数年前、ある企業の管理職を対象に危機管理をテーマにした研修をしていた時、部長職のお一人がこんな経験を語って下さいました。

「3.11当日、5階の事務所で勤務していて、立っていられないほどの揺れを感じました。揺れが収まった後、従業員に声をかけてみんなで避難しようとしたんですが、2つある階段のどちらを使うべきか、ものすごく迷いました。もし自分が判断を誤れば従業員の命を危険にさらすことになるかもしれないと思った瞬間に足が震え、みんなにかける声が出なくなりました」

平常時でもリーダーは様々な場面で判断をし、仕事を進める方向性を定めていかなくてはなりません。とはいえ、その判断が人の命を左右するまでの重みがある場合は滅多にないでしょう。しかし、有事(危機発生時)においては、リーダーは時として、人の命や事業の存続に影響を及ぼす判断を迫られることになります。

では、そのとき、リーダーはどのようにふるまうべきなのでしょうか。もちろん危機にはさまざまな場合があり、ただひとつの正解はありません。しかし、それでも、求められるべきリーダー像はあるはずです。

当然ですが、危機的状況下であるほど、リーダーには落ち着いて考え、行動できる冷静さが必要です。有事では、誰もが不安で混乱しています。その時にリーダーが慌ててパニックを起こしていたらどうなるでしょうか。まず、自分が落ち着き、それから周囲の人たちにも状況を説明し、普段通りの調子で語りかけ、落ち着くように促すことが大切です。

実はこの冷静さを保つためには、知識と経験も有用です。例えば、ビルのオフィスで仕事をしている時に大きな地震にあったとしても、建物の耐震性、職場の避難基準や災害対応の手順などが具体的にわかっていればいたずらに慌てないですみます。そして、周囲の人たちにどのような行動をとるべきか、を適切に指示することができるでしょう。

そしてもう一つ、有事のリーダーは、時間がないなかで状況を見極め、その時点で自分がやるべきと判断したことを、組織を動かしてやり抜くことが求められます。

一般的に有事は平常時と比較して、判断に必要十分な情報を収集している時間がありません。情報が不足しているからとリーダーが何も判断せず、アクションを起こさないまま時間が経過すれば、被害を大きくし、危機的な状況を招きます。特に時間との勝負になる災害対応の場合は、その時点で集めることができた情報と状況、影響を総合的に考えて判断を下さなければならないことが多いと言えます。

東日本大震災時の福島原発事故を題材とした映画「Fukushima50」に、象徴的なシーンがありました。現場責任者の所長は、原子炉を冷やすため海水の注入を、情報や科学的根拠を十分に収集してから判断しようとする政府の要請や東京電力本社の指令を待たず、自らの責任で先行して決断し、部下にその必要性を訴え一丸となって危険で困難な作業を実行します。結果的にその判断は正しく、海水による原子炉の冷却は効果を発揮しました。

まとめると、リーダーが危機対応で求められる重要な能力とは、以下の3つになるのではないでしょうか。

  1. 情報処理能力(理解力と分析力)
  2. コミュニケーション能力
  3. やり抜く力(責任感)

危機発生時の状況下では、どの対応が正しくて、どの対応が間違っているかの正解がない場合が多いものです。それでもリーダーは手段を尽くして情報を収集し、そこから判断し、行動し、責任を持ってやりぬくほかはないのです。

3.平常時にも役立つ危機対応の能力

危機の際にリーダーに求められる3つの能力を挙げました。どんなに優秀な人材であっても平常時にできていないことは有事にできるはずがありません。平常時から危機対応を想定し、これらの能力を意識したうえで、リーダーシップをどのように発揮するかの訓練を行うことが大切だ―ということは多くの共感を得られるはずです。

ここではさらに一歩進め、この3つの能力を向上させることは、実は普段の業務やマネジメントにも大いに役立つという点を強調したいと思います。

例えば、皆さんがある商品を新しい市場に投入する戦略の実行を任されたリーダーだとします。新しい市場はどんな顧客や競合がいて、自社商品のどんな強みを活かし市場に認知してもらい、拡販を図るのか。リーダーであれば様々な角度から調査をし、集めた情報をから立てた仮説を基にアクションプランを作っていくでしょう。この段階で必要なのは情報処理能力です。

実行フェーズではメンバーや関係者に状況とアクションプランをきちんと説明し、理解と賛同を得て一つ一つの策を前に進めなければなりません。説明が悪く、めざすゴールや自分の思いが伝わらなければ、人は動いてはくれませんし、良い結果に繋りません。ここではリーダーとしてのコミュニケーション能力の発揮が重要になります。

プランの実行段階でも、きっと想定外の様々な問題が発生するでしょう。仮説はあくまで仮説でしかなく、大きな壁や抵抗に直面することもリスクもあるはずです。しかし、軌道修正を行いながらも最後までゴールに向かって進み続け、やり抜く意思と責任感をリーダーが示すことで、メンバーや関係者の協力も得やすくなり、困難も乗り越えられるのではないでしょうか。

これらの能力は、普段から様々な方法で鍛えることができます。リーダーシップやマネジメントの研修やトレーニングプログラムの中には①と②を養うものがいくつもあります。③は日常業務の中で意識して行動し、定期的に自ら振り返ることでPDCAを回すことができるでしょう。

4.おわりに~Withコロナ時代にどう立ち向かうのか~

昨年から全世界で広がり、長期化しているこのコロナ禍という危機において、リーダーはまた私達一人一人はどう対応していけばよいのでしょうか。

コロナ発生の前と後では、ビジネスやライフスタイルも大きく変わりました。教育・研修でも、従来は主流であった集合研修は大幅に減り、オンライン研修や新しい形のe-learningが一気に広がりました。急激な環境変化とお客様の要望に対応するため、試行錯誤を経て生まれ定着してきたモデルがある一方で、これまでの集合研修のスタイルから転換できない講師や研修会社はビジネスチャンスを失いつつあります。

不幸にも起こってしまった危機を乗り越えた先の世界は、危機前の状態に戻っているのか、それとも新たな潮流が起こり、新しい未来が開ける可能性があるのか。混とんとした状況の中で、リーダーはあらゆる情報を集め、分析しながらお客様や仲間と対話を続けて、勇気をもって進むべき方向を決め、前進していくほかはありません。

コロナ禍という危機がいつまで続き、どこで転換期を迎えるのかはまだわかりません。しかし、現代のリーダーは刻々と変化していく状況を注視しながら、自ら責任を持って判断をし、周囲を巻き込みながら決めたことをやり抜くことが求められるはずです。そのためにも変化とリスクを恐れずにリーダーシップを発揮できるよう、日々トライアンドエラーを積み重ねていきましょう。