第4回「こだわりたいBYとFOR」

「女性の活躍を推進」「女性の感性を活用」。ビジネスの世界では、ごくあたり前のように語られている言葉です。でも、危機管理の分野ではどうでしょう。

 

日頃、BCPのご相談などで多くの企業にお邪魔する機会がありますが、気になるのは、この分野の女性のご担当者がとても少ないことです。人事・育成の世界だと、事情はかなり異なり、女性のご担当者と接する割合はかなり高くなります。

 

危機管理に携わる女性の割合が多ければそれで良い―というふうに、単純に論じたいわけではありません。ただ、女性の就業率が高まり、事業の重要な担い手としての位置づけが無視できない昨今、危機管理も、さまざまな施策同様、「女性」を意識して見つめ直すことが、間違いなく重要だと感じています。

 

「危機管理と女性」には、私は二つの側面があると思います。その一つが女性に配慮した対応やルールの必要性です。「女性のための」危機管理といってよいかもしれません。

 

実は当社も従業員の約半数が女性です。数年前、BCPの作成にあたり、大規模災害時に数日間オフィスに留まらなければならない時の対応はどうするか、といった議論をしていた際、ある男性幹部から「男女を分ける部屋割や女性が困らない備蓄品の準備や配布をきちんと考えろ」という指示がありました。検討メンバーの中で唯一の女性だった私が発言する前に、指示を出した幹部を、正直私は見直しました。企業の危機管理は、つい「従業員」をひとくくりにしてとらえがちですが、構成する「女性」の存在を、きちんと認識することが意外に不足しているのではないでしょうか。

 

こういった認識不足はルールや制度の運用にも影響しています。例えば、東京都は大規模災害の発生時は、救助・消火活動の円滑化と二次災害の防止のため、従業員を一定期間事業所に留まらせるように―という方針を示し、大々的にPRしています。企業の防災マニュアルやBCPも、この方針通り、安全が確認されるまでは従業員を帰宅させず、職場に留めるとしているところが多く見られるのが現状です。しかし、いざという時、すべての従業員がそのルールに躊躇なく従えるでしょうか?

 

東日本大震災が起こった日、私は実際に港区から約12km離れた自宅まで徒歩で帰りました。かかった時間は約4時間。途中、ビルから落ちてきた硝子の破片を目にしたり、道路に溢れる人の波に揉まれたりして、二次災害の危険を肌で感じました。それでも当時息子は2歳で、保育園からのメールで無事は確認できていましたが、一刻も早く迎えに行かなければという一心で道を急いだことを今でも覚えています。

 

従業員の中には、私のように子育てをしている女性も多くいます。もちろん男性も同様かもしれませんが、「子どもが心配なのでどうしても帰りたい」と主張する従業員がいたら、どのように対応しますか?このような状況では「帰宅させない」というルールを無理矢理守らせることは事実上不可能です。「帰らせてもらえなくて家族に何かあったら会社を訴えます」と従業員に主張されたという話をうかがったこともあります。

 

保育園や学校が安全に子どもを預かってくれる、という保証がない限り、親としては不安です。時間によっては子どもが外にいることもあり得ます。自己責任で帰る旨の同意書を書かせて帰宅させる、または普段から同意書を取っておく、という対策をとっている企業もあるようですが、子育てや介護など働き方の柔軟性が求められている昨今だからこそ、どのような運用ルールがベストなのか、BCPや防災マニュアルの中で事前にきちんと検討しておくべきポイントだと考えます。

 

もう一つの側面は、女性の感性や視点の活用です。こちらは「女性による」危機管理といえるでしょう。

 

その一例として、2018年に東京都が発行した防災ブック「東京くらし防災」を紹介したいと思います。編集・検討にあたったのは、さまざまな立場から防災に携わる女性メンバー6人。女性の感性や視点から、日常生活の中で、無理なく取り組める防災対策や、被災した場合の生活課題への対処をまとめており、とても参考になります。

 

例えば、避難生活では「冷え」による体の不調を訴える女性がいることを踏まえ、「ダウンジャケットは肌の近くで着る」など、寒さをしのぐ服装の工夫を紹介。日常的にヒールのある靴を履いている女性に向けては、災害時に高層階から階段を降りたり、長時間歩いたりすることを想定して歩きやすい靴を職場に置くことをアドバイスしています。さらに、女性が避難所の運営に参画した事例として、乳幼児のいる世帯の専用スペースを常に確保したことなども取り上げています。こうした事例を見ると、女性ならではの気づきや配慮、面倒見の良さを、危機管理に盛り込むことや、実際に生かしていくことの大切さを感じます。

 

また、この「東京くらし防災」は、文字を少なくする、イラストなどを多用してビジュアル化する、難しい言葉を使わない、具体的な表現をする、などの工夫が施されています。紅赤色のテーマカラーも含め、女性を意識したつくりになっていますが、結果として、年代や性別を超えて、誰にとってもわかりやすいものになっています。

 

リンカーンの有名な演説「人民の(OF)、人民による(BY)、人民のための(FOR)政府」はご存じだと思います。危機管理に置き換えると「みんなの、みんなによる、みんなのための危機管理」ということになりますね。最初の「みんな」はもちろん組織全体です。でも、2番目と3番目の「みんな」に、女性はきちんと含まれているでしょうか?

 

私が女性の視点で危機管理を見つめ直す取り組みが大切だと感じるのは、それが危機管理を、女性だけではなく女性と関係の深い子どもやお年寄り、外国人や障がいのある方、そしてもちろん男性にとっても、有意義なものに変えていくことにつながると思うからです。女性として、また危機管理に携わる一人として、危機管理を本当に「みんなの」ものにするため、もう少し「女性による」と「女性のための」という視点にこだわっていきたい。そう考えています。

プロフィール:


シニアコンサルタント 青木朋子

年齢は秘密ですが、平成の初期にNTTに入社し、気がつくとずい分長いキャリアになりました。
月日の経つのは早いものですね。
現在は危機管理やBCPのコンサルティングを担当していますが、元々は人材育成が本業です。
ビジネスや組織の仕組みももちろんですが、その主役である「人」に常に着目しています。
プライベートでは、小学生の男の子の母で、やんちゃ坊主に振り回される毎日です。
昔から好奇心の強い性格なので趣味は色々ありますが、最も好きなのは芝居を見ること。
特にミュージカルと古典芸能(歌舞伎や狂言)が大好きです。
最近では宝塚歌劇の魅力にはまっていて、なかなか抜け出せません(笑)
出身は京都で血液型はAB型と言うと、もれなく「裏表のある二重人格者」というレッテルを貼られるのが悩みです。