コラム

すでに飽きられた?「サステナビリティ経営」をブームで終わらせない勇気と覚悟

1.はじめに ~日本のサステナビリティへの関心状況

はじめに、サステナビリティ経営が日本にどのように受け入れられているのか、その実態を見てみましょう。最も手っ取り早い方法として、以下のGoogleトレンドでの検索数のグラフを見てみることにします。

このグラフでは2つの検索ワード、「SDGs」と「ESG」がどのように検索されているかを示していますが、日本と米国ではかなり様相が違うようです。赤と青、どちらが「SDGs」と「ESG」なのか、またここから皆さんは何を読み取るでしょうか。

結論としては青が「SDGs」、赤が「ESG」のトレンドです。

ここから読み取れることは2つ、1つ目は日本では米国と異なりSDGsへの関心が圧倒的に高く、ESG(環境、社会、ガバナンス)への関心は低いということです。ESG投資の認知度は徐々に高まっているとはいえ、まだまだ社員の皆さんの中には「聞いたことがない」という方も多いのではないでしょうか。一方、これは日本に特殊な状況であることには注意が必要です。米国その他の国ではESGこそが関心の的であって、SDGsというワードにそれほど注目が集まっているわけではありません。

そしてグラフから読み取れる2つ目の重要な事実は、SDGsの検索数が2021年の9月ごろをピークに減少傾向にあるということです。この傾向は、SDGsが一過性のブームで、その興味が薄れつつあることを示しているかもしれません。それに対し、米国におけるESGへの関心は(少なくとも検索ワードベースにおいて)伸び続けています。「日本ではSDGsもすでに飽きられてきている?」という仮説が思い浮かぶ一方「それは日本におけるサステナビリティ経営への無理解からきているのではないか。もしそうであれば、日本はまたガラパゴス化してしまって、世界の潮流から遅れてしまうのではないか」そのような危機感も感じるところです。

では、なぜこのような現象が起こっているのでしょうか。その原因を探るために、まずはサステナビリティ経営の沿革を見てみることにしましょう。

2.サステナビリティの転換点となったリーマンショック

世界的にサステナビリティ経営が真剣に議論され始めたのはいつからでしょうか。

それまでもCSR(企業の社会的責任)といった立場からサステナビリティが採り上げられることはありましたが、企業の意識変化が明確に起こったのはリーマンショックであったといえます。

リーマンショックとは、2008年に米国の投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻し、世界中に金融不安を引き起こした事件です。もともと米国のサブプライムローンという信用度の低い借り手向け住宅ローンを高度な金融的手法によってリスク分散していたわけですが、結局リスクを細分化しても社会全体の持つリスクの総量は変わらないということを私たちは目の当たりにしました。当時リーマンショックは「ブラックスワン(黒い白鳥)」といわれ、誰も予想していないリスクだったのです。

「見えないリスクがあり、それが世界経済に大きな影響を与えうる」

ということを切実に感じた欧米の企業は、今まで真剣に取り組んでこなかったサステナビリティ経営に真剣に向き合うようになっていきます。環境への負荷など、長期的な外部不経済を無視していると、将来的に大きなしっぺ返しを食らうかもしれないという考えが生まれ、CSR部門の役割がむしろ拡大し、長期的ゴールに向けた戦略的課題を設定していきました。

例えばユニリーバではもともと2000年代前半からサステナビリティレポートには取組んでいましたが、2009年にはより環境に配慮した内容になっていきます(Sustainable Development Overview)。そこでは既に

  • 紅茶製品の調達について西欧販売分は2010年までに「レインフォレスト・アライアンス認証」を取得し、2015年までに対象を全世界に拡大すること
  • パーム油では2015年までに環境認証取得すること
  • 欧米向け主力製品に使う卵は2012年までにケージフリー卵に切り替えること
  • CO2排出量は2004年比で2012年までに25%削減すること

などの目標が具体的に盛り込まれています。各企業は自社の経済的な成果だけでなく、環境や社会に対する取り組みを公開し、ステークホルダーとのコミュニケーションを深めていきました。

一方、この流れは日本にはなかなか浸透しませんでした。日本では多くの企業が新規投資を減らし、収益を確保するという短期志向に走ってしまいます。実際、企業の設備投資も研究開発投資もリーマンショック前の水準に戻るまで5~6年かかっており、投資を抑制する方向になりました。当然、CSR予算なども大きく削られることになります。

日本では欧米企業に比べてサステナビリティ経営が10年遅れていると言われるのはこのあたりに直接的な原因があります。リーマンショックという危機に対しどう向き合ったのか、そのスタンスが大きく異なったと言えるでしょう。

3.ESG不毛の地、日本

いわゆるESG投資(環境、社会、ガバナンスを重視した投資手法)についても、長らく日本は「ESG不毛の地」と呼ばれてきました*。

日本の年金運用を担うGPIFの最高投資責任者を務めた水野弘道氏によると、ブルームバーグによるインタビューの中で「私は当時のアナン国連事務総長から『日本は責任投資不毛の砂漠地帯だ』と言われた」と発言しています。
(Bloomberg Professional Services, “The future of ESG: A conversation with GPIF Chief Investment Officer Hiro Mizuno” 2019/5/15)


もともとESGという言葉が登場したのは、国連がアジェンダ21という持続可能な開発目標を実現していくために金融機関を巻き込もうとしたことがきっかけです。その中で2004年、「社会、環境、コーポレートガバナンス課題が株価評価に与える重要性(マテリアリティ)」というレポートが金融機関から提出され、ここからESGというワードが世界に定着していくことになります。これは環境などへ配慮することが株価にもポジティブな影響を与えるということを示唆することで、資本市場からもサステナビリティ経営を後押しさせることが目的でした。

一方、日本においてESGという言葉がいまだに広がっていないことは、冒頭でのGoogleトレンド検索からも明らかです。日本の年金を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は2017年からESG投資を開始していますが、その意味合いや影響はまだまだ理解が進んでいません。

その結果、日本においてはESGを広めるために、別枠で国連で採択されたSDGsというワードと合わせ技で広めていこうという動きになりました。SDGsは2015年に国連で採択された「持続可能な開発目標」ですが、こちらの考え方は日本の従来の文化と相性がよいという印象もあり、「SDGs/ESG」といった不思議な表記が登場します。そして狙い通り、SDGsは大きなブームとなって企業に浸透し、それとともにESGという言葉も少しずつ認知度を高めることになりました。

ただ、本来的にESGは株式市場における投資手法の問題で、長期的に企業の財務リスクを下げていくといわれるもの(だからこそ株価に影響します)、SDGsは国連における社会課題に対する目標で、より広いターゲットを念頭に置いたものですからかなり性質が異なるものです。ESG投資は機関投資家など株主からの直接的な要求ですから、企業経営に非常に大きな影響をもたらしています。なんとなくSDGsのようにふんわりと「社会課題に取り組めばいい」という程度に考えているとすれば、それはESGの要求を正しく理解しているとはいえません。ここでも世界のトレンドに対する本質的な理解が企業のあり方を分けることになります。

4.サステナビリティ経営に踏み出す勇気と覚悟

ここまで見てきた通り、サステナビリティ経営は単なる社会貢献ではなく、企業が長期的な視点からいかに見えないリスクを低減させていくのかという主体的な取り組みであることが分かります。社会にとって「持続可能」ということは、「自社の持続可能性」にも繋がるという当事者意識が重要だということです。視点が長期になりますから、そのために大きく事業ポートフォリオを変えていく必要もあるでしょう。

一つの例として再生可能エネルギーへのシフトを考えてみます。

例えばデンマークの会社であるオーステッド(Orsted)はもともと国営石油・ガス会社でしたが、2008年を機に再生可能エネルギー中心の会社になることを表明し、現在では洋上風力発電の世界最大手に転換しました。しかしそのための道のりは決して平坦ではなく、大きな意思決定を何度も繰り返して現状に至っています。いくつかの事例を下に挙げておきましょう。

  • 洋上風力の発電コストを大幅に下げるため、2009年に風力発電タービンを500基シーメンスに発注(これは当時世界で稼働しているすべての洋上風力発電を上回るタービン数)
  • 2012年、リーマンショックなどにより欧州のエネルギーセクターが苦境に陥る中で、さらに300基の風力発電タービンをシーメンスに発注し、結果的に発電コストを他の電源よりも安くすることに成功
  • 2014年、巨額投資にともなう財務内容の悪化で低下した格付けを回復すべく130億デンマーククローネの増資を実施
  • 2017年、祖業の石油・ガス事業をイギリス化学企業に売却(100%再生エネルギーの会社に)

中国企業の太陽光発電もそうですが、各国の企業がその土地の性質に合わせてリスクをとって再生可能エネルギーの開発に挑戦し、その結果ビジネス的にも競争力を持つようになっています。太陽光発電にせよ風力発電にせよ、勝手に安くなっていったわけではなく、それぞれの企業の大胆なリスクテイクと努力の中でコスト削減が起こったということです。「日本には太陽光や風力に適したサイトがないから」といった意見もよく聞きますが、そうであれば日本の土地に合った再生可能エネルギーの模索をしていかなければなりません。例えば日本の地熱は世界有数のポテンシャルがあると言われます。もちろん温泉組合や国立公園との関係などの問題はありますが、本当の意味でどこまでチャレンジしているのか、問われなければいけないでしょう。地熱だけに限りませんが、各国の再生可能エネルギーへのシフトを踏まえると、日本だけが手をこまねいて様子見をしているわけにもいかないはずです(2021年の日本の発電における電源構成では、71.4%が化石燃料由来の火力発電、環境エネルギー政策研究所)。

5.おわりに ~本質的なサステナビリティ経営に向けて

サステナビリティ経営は、企業が今までのような外部不経済を発生させない形で事業活動を行い、社会の持続性とともに自社の持続性も担保していこうという経営スタイルです。そこでは短期的な収益というよりもより長期的な視点、広範囲の視点が求められますし、サステナビリティに対する本質的な理解が必要です。

しかし、今の日本ではサステナビリティが一過性のブームとなっている感も否めません。世界的な大きな流れを踏まえると、改めて企業は長期的に自社がどのように社会的価値を生み出していくのか、社会においてどのように機能を果たしていくのかに向き合わなければならないでしょう。私たち自身が持続可能な社会をどう創り上げていくかについて深く考え、大きなビジョンを描くことが求められます。そして、そのビジョンを実現するためには、短期的な収益追求を超えた、大胆な投資と戦略の転換が不可欠となるでしょう。

SDGsのバッジをつけて終わりではなく、本当の意味でサステナビリティ(持続可能性)に向き合うこと、これが今の私たちに求められています。