コラム

企業と従業員のポジティブな結びつき
~ワーク・エンゲージメント

1.エンゲージメントとは何か

2000年を過ぎた頃から日本でもエンゲージメントという言葉が取り上げられることが増えてきました。エンゲージメントを英語表記するとEngagementになり、直訳すれば従事していること、婚約、誓約などと訳されます。

今回は、企業と従業員がポジティブに結びついている状態を、ワーク・エンゲージメント(以下、エンゲージメントと記載)と定義し、その状態について考えていきましょう。

エンゲージメントとは、オランダ・ユトレヒト大学のSchaufeli教授らが提唱した概念であり、大きく3つの要素から成り立ちます。 「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3つが揃った状態として定義されています。
引用:厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf

それでは、世界の国々と比較すると日本のエンゲージメントは高いのか低いのか、こちらのグラフをご覧下さい。


引用:経済産業省 https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/mirai_jinzai/pdf/001_04_00.pdf

エリア・他国と比較して、日本はエンゲージメントが高くないことがわかります。なぜこのような差が生まれているのでしょうか。
日本人の勤勉な気質による部分も大きく影響を受けていると考えられますが、原因は個々の企業単位でどのような状態にあるのかを確認していかなければなりません。それは従業員と企業と関係性の総和がデータに集約されるからです。
そのため、日本全体の平均としてエンゲージメントが高くないから自社もエンゲージメントが低くて当然、という考えは避けた方が良いでしょう。

2.なぜエンゲージメントが必要なのか

①企業:生産性が高まる

エンゲージメントとは「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3つが揃った状態として定義されているとご紹介しました。
この3つの条件を見渡すと、エンゲージメントは低いより高い方が良いように感じますが、本当にエンゲージメントが高いことが良いのでしょうか。どのような効果があるのでしょうか。

こちらのグラフをご覧ください。経済産業省が出しているデータによれば、エンゲージメントの高さと企業業績に正の相関が見られることが確認できます。


引用:経済産業省 https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/mirai_jinzai/pdf/001_04_00.pdf

本グラフから、エンゲージメントが高いと営業利益率や生産性が高いことがデータとして証明されています。つまり、エンゲージメントを高めることは、一過性のイベントではなく経営戦略として取り組むべきことといえるでしょう。

②人事責任者:優秀な人材の確保と採用コストの圧縮

経営視点でエンゲージメントを高める効果はみえましたが、人事責任者としてエンゲージメントを高める狙いはどこにあるでしょうか。
人事責任者としては、従業員個々のエンゲージメントを高めることで、「優秀な人材」に「長く活躍してもらいたい」という想いがあるのではないでしょうか。

まず優秀な社員が働く利点について考えてみます。
優秀な社員の定義は生産性の高さと捉えると、同じ業務を長く続けることで生産性が高くなり、優秀な社員が生まれる、という考えになります。


経験曲線効果(エクスペリエンス・カーブ:経験曲線、経験効果)とは、1960年代にアメリカの外資系コンサルティングファームが発見した法則で、同一製品において「累積生産量が増加するにつれて、単位当たり生産コストが一定の割合で低下していく」という考え方です。

このように生産効率を向上させるためには、慣れが必要といえます。従って、生産性の高い優秀な社員になる前(カーブがなだらかになる前)に退職されてしまうと、企業は大きな痛手となります。
もう一つは、退職した社員の補填にいくらかかるのか、という考え方です。ある民間企業の調査によると2018年の新卒社員一人にかかる採用コストは71.5万円だったのに対して、2019年では93.6万円と増加傾向にありました。中途社員では一人採用するために103.3万円かかるという調査結果もあります。

これから労働人口が減少する予測を考えると、採用コストが下落方向に振れることは考えにくいものです。つまり、社員に辞められてしまえば、採用コストを増やす事となり、大きな損失になります。
この2つからエンゲージメントを高めることは、生産性の高い優秀な社員を輩出し、離職を減らすことで採用コストを減らしたい、という人事責任者の想いとマッチするでしょう。

では実際に、人手不足になるとエンゲージメントにどのような影響があるのかデータを見ていきましょう。結論としては、人手不足になるとエンゲージメントが下がることが証明されています。


【労使間で生じているワーク・エンゲージメントに係る認識のギャップについて】

労使の認識をみると、いずれにおいても、人手不足企業では、人手適当企業と比較し、ワーク・エンゲイジメント・スコアが低い状況にある。

●労使の認識のギャップを考察するに当たって、分散などの分布の特徴が労使で異なる可能性があるため、ワーク・エンゲイジメント・スコアを正規分布へ標準化させることで、比較のための土台を合致させると、人手不足企業では、労使ともに平均値より低いということで認識がほぼ合致している。他方、人手適当企業では、企業は平均値より相当程度高いと認識している一方で、正社員は平均値よりやや高い程度であり、認識にギャップが生じている。
●こうした結果から、人手適当企業であっても、企業が認識しているより、正社員は「働きがい」を感じることが出来ていない可能性が示唆される。


引用:厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf

人手不足になればエンゲージメントが下がる可能性があることをグラフから読み解けますが、逆説的に考えればエンゲージメントが高まれば人手不足は解消されるのか、検討しましょう。
こちらのデータをご覧ください。

【ワーク・エンゲイジメントと定着率・離職率について】

●新入社員の定着率(入社3年後)や従業員の離職率の低下は、ワーク・エンゲイジメント・スコアと正の相関があることがうかがえる。いずれも逆方向の因果関係がある可能性にも留意が必要であるが、先行研究と同様に、ワーク・エンゲイジメントを向上させることは、こうしたアウトカムにポジティブな影響を与えている可能性が示唆される。

●また、人手不足企業においても、こうした傾向がみられ、ワーク・エンゲイジメント・スコアが4以上の場合、人手不足企業であっても、定着率が上昇している企業や離職率が低下している企業が多い。


引用:厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf

このデータからもわかる通り、エンゲージメントが高い企業では社員の離職率が低下し、定着率が向上していることがわかります。
エンゲージメントが高いことで人員不足が直接解消されるわけではありませんが、人員の流出に歯止めがかかる可能性が高いことは実証されているのです。

③従業員本人:顧客満足度を向上させるパフォーマンスが発揮できる。

エンゲージメントを高めると従業員にとって、どのような効果があるのでしょうか。
企業が認識する顧客満足度とエンゲージメントには正の相関があることが明らかになっています。一方で逆方向の因果関係がある可能性にも留意が必要、つまり、エンゲージメントが低ければ、顧客満足度が低くなる可能性が高いといえます。
これは、従業員が企業や仕事に対してポジティブな心理状態であるということは、提供する商品やサービスに対してもジティブな印象を持っているといえます。
引用:厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3_02.pdf

3. エンゲージメントをどのように測定するか

エンゲージメントの測定において大切なことは、「何を」と「いつ」測定するかです。
エンゲージメントは従業員側から企業や仕事に対するポジティブな心理状態であるため、従業員の心の持ちようにより大きく変化します。

ここで重要なのが、これを測定すればエンゲージメントは正しく測定できている、という評価指標がないことです。
そのためまず始めに行うことは、自社内においてエンゲージメントが高い状態とはどういう状態なのか、そのときの従業員の心理状態はどのような状態なのか、これらを仮置きして測定し、評価指標を入れ替えながら最適な測定項目を設置することをお勧めします。

何を評価するのと同じく大切なことは、いつ測定するかです。
なぜ、測定のタイミングが重要なのかと言えば、エンゲージメントは従業員の心理状態であるため、適切なタイミングで測定しなければ、従業員の心がすでに離れてしまい離職寸前ということが起きかねてしまうためです。

4.まとめ

エンゲージメントという言葉の定義も企業や組織によって大きく異なります。まずはエンゲージメントという言葉をどのような意味合いで使用しているのか、定義と構成要素を揃えるところから取り組まれることをお勧めします。
繰り返しになりますが、エンゲージメントは企業と従業員間の結びつきになりますので、エンゲージメントが高まる、という絶対的な答えはないといえますが、先述したようにまずはエンゲージメントの捉え方から整理されてはいかがでしょうか。