コラム

「戦略は組織に従う」の現代的意味とは ~アンゾフの逆命題

1.はじめに

組織と戦略の関係について、有名な経営学者であるアルフレッド・チャンドラーの「組織は戦略に従う」という命題が有名です。組織は戦略目的を達成するための手段にすぎませんから、これ自体はとても自然な話です。
※参考)「組織は戦略に従う」については別コラムで解説しています→https://www.ntthumanex.co.jp/column/chandler/

一方、アンゾフのマトリックスで有名な経営学者アンゾフは「戦略は組織に従う」というチャンドラーとは逆の主張をしています。この主張は有名な割にあまり正しく理解されていないようで、以下のように思われがちです。

「社風や既存の組織は変えられないから、その範囲でしか戦略は実行できない」

実はアンゾフはそのようなことを言っているわけではなく、より大きな経営の変化、時代の流れを捉えたものでした。今回はコロナ禍を経たタイミングで、このアンゾフの命題がどのような意味を持つか、考えていきましょう。

2.戦略 vs 組織 ~チャンドラーの命題とアンゾフの逆命題

もともと、「組織は戦略に従う」という言葉は米国の経営史学者であったアルフレッド・チャンドラーが言い始めたものです。彼は米国のデュポン、ゼネラル・モータース、スタンダード石油ニュージャージー、シアーズ・ローバックという大企業4社の経営史を分析し、その結果として「戦略が決まらなければ必要な組織構造も決まらない」ということを指摘しました。外部環境が大きく変わる中で(当時はそれを「乱気流(turbulance)」と呼びました)経営戦略が変わるからこそ、組織が徐々にそれに適合するように変わっていく、逆に言えば戦略が変わらないのに組織を変えるインセンティブなどない(組織は変わらない)、ということです。これは1962年の著作である「Strategy and Structure」の中で述べられています。

一方、それから17年後の1979年、同じく米国の経営学者であったアンゾフはその著作(”Strategic Management”)の中で、チャンドラーの逆である「戦略は組織に従う」ということを主張します。当然、彼はチャンドラーの主張を踏まえた上で、「チャンドラー式の順序はいまや逆になっている」というのです。その意味合いとは何でしょうか。


ここでは2つの時代の変化を指摘しておきたいと思います。

1つは、変化が早くなり、変化対応に許された時間が短くなっていること。そして2つ目に、経営者たちの経営知識へのアンテナが非常に高まってきたこと、この2つです。第二次大戦後、米国ビジネス界では経営戦略への知見が溜まり、経営者たちは最新のシステムや組織の導入をどんどん図るようになりました。例えばコンピューターの導入のように、最新のシステムや組織構造を取り入れることが競争力を高め、また優秀な経営者と見なされる条件になっていきます。

これは今でも同じことですが、AI(人工知能)やIoT、あるいはテレワークなど、テクノロジーの進化は競争環境そのものを変えていきます。こうした組織の時代への対応能力が戦略の自由度を大きく変えていくというのは、言われてみればその通りといえるでしょう。

結果として、戦略そのものよりも先に、企業のシステムや組織構造が新しくなり、それらが新しいケーパビリティ(経営資源)を形作っていくことになります。もしトップマネジメントの意思決定の下、新しいシステムを徹底・定着させることができれば、その新しい仕組み・組織・システムを使って、新しい戦略へと舵を切ることができるでしょう。

これが「戦略は組織に従う」の本当の意味合いです。

外部環境の変化に対して、最先端の仕組みや技術、組織の導入など、組織の不断なる対応能力の向上が結果として戦略の自由度を上げるといったのがアンゾフでした。結局、組織の能力以上の戦略など実現できないわけであって、今までの事業や沿革を無視した戦略をいきなり提示しても絵に描いた餅でしょう。そして今の時代は悠長に戦略を決めてからケーパビリティを整える時間的余裕などなく、先んじて組織の能力を上げていくことこそが戦略そのものの質を上げていく、という指摘はなるほどと思わせるものがあります。

面白いことにアンゾフは外部環境の変化、組織の対応能力、そして戦略の自由度という3つの中で

・チャンドラー : 外部環境の変化 → 戦略の変化 → 組織の変化
・アンゾフ   : 外部環境の変化 → 組織の変化 → 戦略の変化

という主張をしているわけですが、将来的には組織の変化が外部環境の変化をも追い抜いていくという意見も出しています。優れた経営者は環境が変わることに先んじて、より柔軟な組織構造・ケーパビリティを築いていくことになるだろう、と書いており、その野心的な視点には目を見開かされる思いがするのです。

3.組織の防衛本能に負ける ~組織のワナ

ただ一方、アンゾフは組織の防衛本能についても言及しています。当然、こういった最先端のシステムや仕組みの導入は現場のマネージャー陣には不評なはずで、「新しいツールを理解することができず、その活用方法を知らず、その新しいツールによって自分の無能が暴露されると感じたマネージャーにとっては、新しいツールは脅威となって現われることが多かった」と指摘しています。ITツールなどを考えたとき、耳の痛い指摘だと思う方も多いのではないでしょうか。

そういった現場の抵抗がある中、トップマネジメントの意思が弱くなってしまい、変革が徹底されなければ、現状維持の力に負けてしまって何も変わらないことになります。これは悪い意味での「戦略は組織に従う」ことであり、今の既存事業に最適化してしまった組織によって、新しい取り組みが何もできなくなることを意味しています。実際のところ、こういった事態に陥っている企業も多いものです。

コロナ禍で見られた事例を上げましょう。

コロナ禍で大きな影響を受けた業界の一つに小売業があります。人流の制限や非接触、ECへの対応など大きな変化を求められました。では各企業の業績はどのように変化したのでしょうか。以下に米国と日本の代表的な小売業の業績推移を示してみます。


※出典:各社IR情報より

ここでは、コロナが始まった2019年第1Qから日系の小売企業は前年比割れが続き、米国系の小売企業はむしろ業績を大きく伸ばしていることが分かります。これは米国企業がECサイトへのシフトやBOPIS(Buy Online Pick-up In Store)対応が早かったからというわけですが、米国小売企業は数年前からデジタル強化の努力をしてきたのが大きな違いでした。一言でEC化・デジタル化といっても、実際は簡単ではありません。頭の中で想像するだけでも

  • 在庫管理システム・需要予測システムの構築
  • 各店舗におけるリアルタイムでの在庫把握とフィード化(倉庫、商品棚、移動中の在庫含む)
  • 消費者が使うECサイトのインターフェースであるウェブアプリやモバイルアプリの開発
  • オンライン注文をさばくための専用のオペレーションの設計と実装
  • 作業動線の確保と効率化
  • オンライン顧客獲得のためのマーケティング戦略
  • ・・・

などなど、様々な対策が必要です。これらを先行してやってきていたからこそ、コロナ化という外部環境の大きな変化に対してフレキシブルに対応できたと言えるでしょう。

常に技術革新や新しい組織のあり方が模索されている中、私たちは組織のケーパビリティを常に更新し続ける必要があります。組織の能力以上の戦略は実現できないのですから、組織自体の進化が必要になる、それがこの乱気流の時代なのだということを改めて確認すると同時に、アンゾフは決して「企業は、今の組織の現状維持圧力に負けてしまうものだ」という弱気なことを言っているわけではないことを理解しておく必要があるでしょう。

4.戦略は組織に従うの現代的意味合いとは

さて、そういった中、コロナを踏まえた外部環境の変化によって、多くの組織構造に影響が出てきています。テレワークやデジタル化だけでなく、AI化やDXなど、新しい組織のあり方を多くの企業が模索していることでしょう。それは時代の変化によってやむなく行っている変化ではなく、自社の戦略の自由度を上げ、より新しい方向性へと進むための下準備となっていきます。

では今回テレワークやフリーアドレス、またテレビ会議の導入や新しいマネジメントスタイルを導入し、皆さんの会社はどのような戦略的オプションを採れるようになったのでしょうか。確実に自社のケーパビリティが変化しているはずですので、「元に戻すかどうか」「本当に生産性が上がっているのか」という後ろ向きな議論だけではなく、新しくできるようになったことにも目を向けてほしいと思います。こうした組織の対応能力を前向きに磨き続けていくことこそ企業存続の条件であり、成功への第一歩ではないでしょうか。

5.おわりに

今回は「組織は戦略に従う」という一般的な話しに対し、「戦略は組織に従う」というアンゾフの逆命題を考えていきました。この一見矛盾する説は、実は相互補完的な関係にあり、主に必要な視点となるでしょう。チャンドラーから15年ほど経過したうえでアンゾフが見た世界は、より変化が激しく、企業にスピード感が求められるものでした。翻って21世紀の現在、私たちの置かれた環境はどんなものでしょうか。当時の先人たちが考えたこと以上に組織の能力を高めていく努力が必要ではないでしょうか。

悪い意味での「戦略は組織に従う」、今の組織の現状の範囲内でしか戦略を実行できないというような後ろ向きなことを言っている場合ではない事が本来意味とご理解頂けたと思います。