コラム

今の時代に必要なビジネススキル ~時代の要請を読む

1.はじめに

どの業界にも特有の技術やスキルというものがあります。例えば自動車のすり合わせ技術や量産技術など、メーカーであれば個々のモノづくりの水準でしょうし、銀行であれば与信能力など、そのスキルがあるからこそ業界として付加価値を提供することができるというものです。

一方、財務知識やマーケティングのようにどの業界にいても必要とされる普遍的なスキルというものもあります。ビジネスパーソンであれば必ず押さえておきたいベースの知識といってもよいわけですが、財務諸表を読む力はその代表例でしょうし、ワードやエクセルの基本的な操作ができるOAスキルというのも欠かせません。あるいは英語などはどうでしょうか。

今回のテーマはその「ベーシックなビジネススキル」です。それは時代の要求に応じて変わるもので、ほんの50年前は給与計算に算盤が役立ったかもしれませんが今そのスキルが必要なわけではありません。では今の時代に求められるスキルは何でしょうか。今回は「今の時代に求められる普遍的なビジネススキル」について考えていきましょう。

2.今の時代を生き抜くためのスキルとは

生き馬の目を抜くようなビジネスの世界では変化が当たり前です。上述の算盤の事例は分かりやすい例ですが、ややツール的な問題にすぎません。今回問題にしたいことは、そういった手段的なものではなく、より本質的なものです。算盤で計算しようがエクセルで計算しようが、財務を読むことができるスキルはいつの時代も重要であって、それはより普遍的な価値を持ちます。そのような抽象度の高さを維持しながらも、今の時代だからこそ必要なスキルは何かを考えてみたいと思います。多くの案があると思いますが、ここでは以下の5つの項目を提案してみましょう。

  • 政治リスクを読むスキル
  • 非財務的要素から経営を読むスキル(ESG)
  • 先端テクノロジー・スキル(特にIT)
  • 株式市場との対話スキル(M&A・資金調達)
  • 価値を統合していくスキル

(1)政治リスクを読むスキル ~政治の意思の変化に気づく

近年の企業が抱える主要なリスクが政治リスクであることは疑う余地がありません。今まではリーマンショックにせよギリシャ危機にせよ、問題は「信用リスク」であって、あくまで「金融危機」でした。一方、現在のウクライナ問題は言うに及ばず、トランプ現象やブレグジット(イギリスの脱EU)なども高度に政治的な問題です。米中の貿易戦争は覇権争いの一環であって、純粋に経済的な問題ではありません。

この政治リスクを読み解くときのポイントは、「トランプ政権が誕生した」や「米中の関税競争が勃発した」という結果に着目するのではなく、それぞれの政治家が今、どういう「意思」を持っているのかに着目することです。ロシアのプーチン政権はどのような意思をもっているのか、その意思に変化の兆しはみられるのか、政権が交代する中で(それは広い意味で国民の意思ですが)、政治の目指す方向性は変わるのか、そういった将来に対して現状をどう変えていこうとしているのか、「意思」に着目して将来を読み解き、ビジネスチャンスを見出しリスクを回避するスキルが必要なのです。

(2)非財務的要素から経営を読むスキル ~将来の事業構造を読み解く

次に上場企業であれば誰もが影響を受けているESGへの対応スキルが挙げられます。ESG投資はリーマンショック以降、長期的なリスク低減のため、環境や人権といった非財務的な要素を加味して投資を行うことで、今の機関投資家の主流の考え方になっている考え方です。財務情報を読み解くスキルが重要とみなされるのであれば、今後は「非」財務情報を読み解き将来の経営への影響を読み解くスキルが必要となります。

例えば女性管理職比率や外国人登用率の実績や目標を見ると、その会社がどれだけフラットに世界から人材を集めようとしているかが分かります。そうすると、将来的に人的資本という面からその会社の経営資源の強化が想定され、競争力を持つようになるという想像ができるでしょう。環境対策については原材料の調達コストで長期的に有利になるかもしれません。企業統治体制はどういう影響を与えるでしょうか。そういった「非」財務情報から将来の経営へのインパクトを読むスキルが重視されていくということです。

(3)先端テクノロジー・スキル ~特にITスキルは現代の常識


現代のビジネスを考える上でテクノロジーを欠かすことはできません。〇〇×Techというものはバズワードでもありますが、コロナウイルスワクチンに対してもmRNAにおけるイノベーションが起こりました。

ブロックチェーンやAI、ドローンや自動運転、生殖技術や脳波の研究、AR/VRやメタバースなど、様々なトピックが話題になっており、それぞれがビジネスの前提条件を覆すようなインパクトを持ちうる内容です。こうした先端的なテクノロジーを知って、更に構想を広げてビジネスチャンスを狙うことは、ビジネスの競争力を高めていくためにも必須と言えるでしょう。

とりわけIT技術としてネットワークやプログラミングの基礎は今の時代ある程度常識的に知っておく必要があります。多くの経営者は「データ時代に生き残れるか」「会社を成長させられるか」という観点で見られ、今までは優秀な経営者として称賛されていた経営者であっても株主総会を乗り越えられないケースも多く出てきています。ベンチャー企業では自分自身でプログラミング経験がある経営者も増えてきており、肌感覚としてITがどういうものかを知っておくことがとても重要な競争力になっています。もし自身のビジネスの根幹がITシステムであり、ソフトウェアだというのであれば、それは経営の根幹をなすと考えるべきで、それを知らないで良いということにはならないと考えるべきでしょう。もはやITは単なる「システム部門が対応すべき領域」ではないのです。

(4)株式市場との対話スキル ~ビジョン構築する力

株式市場との対話はIRの必要性など今までも言われてきましたが、コロナ後の現在では事業再編が進んでおりよりM&Aなどの観点から株式市場とうまく付き合っていく必要性が増しています。「株式市場とうまく付き合う」と言われてもピンとこないかもしれませんが、例えばテスラの時価総額は日米の主要な自動車会社の時価総額すべてを足しても追い付けない規模になってきており、テスラは自社株を使えばGMでもフォードでも買収できてしまう水準になっています。自社の株価を高めることで経営の可能性を広げることができますし、一方で株価が低ければ買収されるリスクも高まります。

株式市場との対話という意味では、やはりいかに各事業において成長シナリオを描けるのかというビジョン構築スキルが重要です。今のプラットフォーム系の事業は収益は赤字であるのに時価総額は高いわけで、投資家と対話しながら自社の将来的な期待値を高めています。投資家も長期思考が一般化していますので、ビジネス側としてもいかに長期的な事業の拡大を描くことができるか、そこが問われています。

(5)価値を統合していくスキル

モノが飽和している時代、機能性だけで競争に勝つことはできません。iPhoneが登場したとき、機能面で同じことができる端末はすでにありましたが、それでも消費者はiPhoneを熱狂的に支持しました。それはデザインであったり、iPhoneを持つことが格好いいという雰囲気であったり様々ですが、より統合的な価値を提供していることは明らかでしょう。

このスキルを身に付けるポイントとしては、自社の製品やサービスについて、機能価値のほかにどのような「情緒価値」「体験価値」あるいは「未来価値」のようなものがあるのかを考える癖をつけることです。その商品を購入することで、どのような感情になれるのか、どのような体験をできるのか、そしてどのような未来の一部として自分を位置づけることができるのか、それらがすべて新しい価値として評価されることになるでしょう。

3.おわりに ~時代に応じたビジネススキルを磨く

今回は「今の時代に必要なビジネススキル」として、従来の財務やマーケティング、戦略といったものとは別に、新しい要素を例示させていただきました。各企業によって重要性や優先順位は異なってくるでしょうが、時代が変われば求められるものも代わるのは当然のことです。言われたことをやる、というだけでは思考停止に過ぎません。今の時代、何を考えるべきかを主体的に見出していく必要があります。

ちょうど今はグローバル化の揺り戻しやコロナ禍など、歴史的にみても過渡期に入っています。ではそのような時代を生き、次の時代を切り拓くためにどのようなスキルが必要なのか。そう考えるだけでワクワクするのではないでしょうか?