コラム

他人を理解するコミュニケーションテクニック

1.はじめに

リモートワークが当たり前のように実施されるようになり、コミュニケーションの減少が組織的な問題点として現れてきている企業もあるでしょう。合わせてダイバーシティの重要性が浸透しつつある中で、さまざまな価値観を持った従業員同士の相互理解や他者受容の必要性が高まっています。最近は、心理的安全性(自分の考えや気持ち、アイデアなどをメンバーに安心して伝えられる状況。個々のパフォーマンス向上や組織エンゲージメント向上に寄与する)の向上を目標にした施策を実施している企業も増えています。いずれもその根幹となるのは、自分と同じくらい相手もかけがえのない人物だと思うこと。本稿では、日常で取り入れやすい他者理解につながるコミュニケーションの具体的な方法(意識していたらできること)をご紹介します。

2.コミュニケーションとは

具体的な方法の前に、コミュニケーションとは何かを確認しておきましょう。あらかじめ目標を共有しておくことも他者理解のためには必要です。コミュニケーションと聞くと「話し上手で面白い人気者」のようなイメージを抱く方は一定数おられると思います。「コミュ力高い人はどんな人?」と聞かれて想像するのは、こういう人物像ではないでしょうか。もちろん、このような能力、特性はコミュニケーションにとって有効なものではありますが、全員が「コミュ力高い人」である必要はないということは、社会人の方なら納得いただけると思います。

ここでは、他者を理解するために、必要な時に必要なことを「話すことができる」「聞くことができる」というコミュニケーションをめざします。これは、ここでお伝えする方法(マインドセットとテクニック)で、誰でもある程度はできるようになります。「話す」よりも「聞く」に重点を置きますが、これは「聞く」スキルによって話を引き出し、理解につながるコミュニケーションを行うことができる一方で、その逆は難しいからです。いくら話したところで「聞く」ことができない組織のコミュニケーションは他者理解につながりません。まずは伸びしろがたくさんある「聞く」からアプローチしてみましょう。リモートの場合のチャットについても少し触れてまいります。

このコラムを読んで実践してみようと思われる方は、どうか社内、部署、チームの全員で「他人を理解するコミュニケーションを実現するために、これらの方法を意識してみる」という「目的(目標)と手段」を共有してください。コミュニケーションは相互であり、あなたひとりが頑張ってもうまくいかないからです。

3.理解する

前提として「自分と相手は違う」というマインドセットを行いましょう。違うから「理解できなくて当たり前」なのです。これは「どうせ理解できない」ではなく、「どうせなら理解したい」とマインドセットすることが大切です。さらに「他者を理解する」ことは、同時に「自分を理解してもらう」ことでもあります。これらを意識するだけで、行動(態度)は変わってきます。あんなこともこんなこともできそうだ、と思いついた方はきっとおられるでしょう。そのアイデア、とりあえずやってみてはいかがですか?

さらにここで今一度、目的を思い出してみましょう。「理解する」のは何のため? 気分良く仕事をするため、意思疎通を図るため、業務改善のため、効率化のため、売上向上のため、楽しいから、嬉しいから、なんでも構いません。それぞれにとっての「いいこと」を目的に置くことで、そこをめざしやすくなります。

相手を理解したい、というマインドセットができたところで軽いルールを決めてみるのもおもしろいかもしれません。理解をブロックする言葉(当たり前、当然、常識、普通は、こうあるべき、など)が出てきた時に、軽くカジュアルに指摘する(ん?という顔をするくらいでいいでしょう)と決めて、できる人から率先して、明るく指摘役を務めてみるのです。こういう時は、前段の「コミュ力高い人」が持ち味を発揮されるかもしれません。

たとえば「できて当たり前じゃないか」という言葉が使えないとなると、「どうしてできないのだろう、何が問題なんだろう、どうすればできるだろう」というように、相手を理解して問題解決をめざす思考になります。どうすればできるかを考える際には「今できていること(できること)、どこまでできているか(できるか)」を出発点に考えてみることをお勧めします。

4.「話すことができる」ための方法

組織の中で、話しにくい、話しかけることができない、と思っている人に向けたコミュニケーションのテクニックは、実はあまりありません。あるとすれば、コミュニケーションツールはひとつではないと気づくこと(対面で話すことにこだわらない、メールやチャットで充分なら話しかけなくていいことにする、など。ただし相手の利用状況や感覚を確認することは必要です)や、業務なので話しかけることは当然のことだ、チャットで相手の返信が遅いことと悪評価はイコールではない、上司が厳しい顔をしているのは怒っているのではなくPC画面を見つめているからだ、のようなマインドセットを行うくらいでしょうか。これらは心理学を使ったコーチングで解決できる場合も多いとお伝えしておきます。

ただ、このような方は恐らく組織での心理的安全性が低い状態ですから、ご本人が努力や工夫をする以上に、組織として心理的安全性を高める取り組みを実施する必要があるでしょう。ひとつの方法として、周りの方が次の「聞き方」を参考になさってください。

5.聞き方

この項目はテクニックを羅列していきます。取組みやすいことからやってみましょう。

【話しかけやすく】


話を聞くためには、話してもらわないといけません。仕事中の真剣な表情は「怒っているのか」「今、声をかけていいのだろうか」と相手に余計な気を遣わせているかもしれません。気遣うことは当然、というのは禁句にしていただいて、コミュニケーションのために何ができるかを考えてみましょう。

柔らかい表情は「常に心の中では微笑むぞ」と意識することで生まれてきたりもします。それが難しいようであれば「今は声をかけないで」の札を作って、集中していることを周知してもいいかもしれません。モニター画面を睨みつけているようであれば、眼鏡の度数が合っていないのかもしれません。キーボードのガチャガチャ音やため息、頬杖なども相手の警戒を生む要素だったりします。このような自分では気づいていない癖を少し意識してみてもいいですね。

文字を使うメールやチャットツールなどでは、相手の反応を待っている間が1番不安であるとも言われます。人間はわからないことを不安に感じます。他者理解のために不安は必要ありませんから、とりあえず、すぐに、何か反応しましょう。そして、それに慣れてきたら「いつ返事をする」または「いつから検討を始めて返事する」ということを伝えましょう。LINEのスタンプなどはとても便利ですね。
とはいえ、こんなことは面倒くさいと思われるでしょう。当然だと思います。今まではこの過程をすっ飛ばして同じ価値観を押し付けること(または同じ価値観の人とだけ接すること)をしていたのです。多様化されるビジネスシーンで活躍される皆様は、今はもうそれは通用しないことをご存知だと思います。

【座るポジション】

実際に会って話をする場合は、机の角を挟んで90°の角度で座ると話しやすいといわれています。正面を向いて対峙すると、上下関係が生まれ、どうしても威圧感が出てしまいます。バーのカウンターは横並びですが、一生懸命に話をする時は、お互いに体を向け合いますよね。ほら、90°になるでしょう?自然に話しやすい角度をとっていることが分かります。社内の面談コーナーなども、机の角度と椅子の配置を変えるだけで、この90 °ポジションを作ることができるかもしれません。
オンラインの場合は正面の画面に相手の顔が映ることが多いですが、カメラ位置の関係で視線はズレていますので、あまり気にすることはないでしょう。

【リズムを合わせる】

はいはいはいはい、なんて矢継ぎ早に相槌を打つ人、なるほどですねなるほどですね、と一定のリズムで繰り返す人、いますよね。自分が一生懸命話している時にこういう相槌を打たれると、だんだん冷めてきませんか?これはいい相槌ではありません。
相手の話すリズムに合わせて頷く、これだけでいいのです。見えないところで指でリズムをとってもいいでしょう。また、相手が腕や足を組んでいたら同じようにしてみる、肘をついたら自分もついてみる、お茶を飲むタイミングを合わせる、こういうことを何気なくできるようになると、相手と自分のリズムが同調して、相手も自分も心地よく、お互いを思いやる気持ちが生まれます。これはコーチングで重要とされているテクニックです。やったことがない方は、ぜひ一度試してみてください。

【最後まで聞く】

文字通り、話をさえぎらないこと。それができれば苦労はしないよ、と思った方は「自分の考えは一旦横に置く」と意識してみてください。よく、会話を遮って「それは違うよ」から自分語りをする方を見かけます。こういう方は概ね相手の話を聞くことができていません。相手と自分の違うところではなく、同じところに注目する、さらに、相手のいいところ、できたことを意識して話を聞くと今までとは違ったコミュニケーションになるはずです。
とりあえず、しっかりと相手の話を全部聞いてみましょう。できれば、相手はどのような気持ちでその話をしているのかを想像してみましょう。その上で、相手がどうしたいかを確認し、必要であれば自分にできるアドバイスを伝えてください。その時に「私は、こう思います」と一言付け加えると、相手もあなたのアドバイスを受け取りやすくなります。

【同意しなくていい。共感を見つける】

冒頭に行ったマインドセットの通り、「自分と相手は違」います。いくら「どうせなら理解したい」と思っても、どうやっても「理解できない」こともあるでしょう。このような時、「理解」と「同意」を同じに考えていないかなと振り返ってみてください。
理解するために同意は必要ありません。なぜなら自分と相手は違うのですから。ではどうすればいいか。相手に「共感」できる部分を見つけてみてください。できなくて辛い気持ち、わからなくて不安な気持ち、結果がわからない恐怖、そのような気持ちに共感するところから、理解が進むこともあります。

【ほめる】

「相手が大切にしていること、がんばっていること」を「具体的に、あなたらしく、本心から」伝えられたらいいでしょう。「私は、そう思いますよ」と一言付け加えたら完璧です。ほめるところがないと思ったら無理をする必要はありませんが、いいところを見つけきれていないのかもしれないな、と考えてみることも大切です。
ほめられることによって相手の自己重要感は増し、心理的安全性の向上にも繋がります。

6.おわりに

最後に少しイメージしてみてください。できて当然、これが普通、言わなくても分かるだろう、ということが「当たり前」だった時は、全員が構えて腕組みをしているような状態でした。ここまで読んでくださったあなたはきっと「自分と相手は違う」ということを知り、「どうせなら理解したい」と思えるようになったと思います。ちょっとしたコミュニケーションのコツも手に入れました。次は、腕組みを解いて、肩の力を抜いて、できたらそっと手を伸ばしてみてください。腕組みをしていた人々がそれぞれに手を伸ばしたら、ちょっと手と手が触れるかもしれません。それが他者理解のためのコミュニケーションのはじまりです。最近は「機微力」という言葉で表現されることもあります。

最初はとまどったり、少し面倒くさかったり、恥ずかしかったりするかもしれませんが、それは皆同じです。手と手が触れるくらいがいいのか、手をつなぐのがいいのか、肩まで手を伸ばすのがいいのかは、それぞれの組織、人によって違うでしょう。相手は自分と同じくらいかけがえのない人だ、というリスペクトの気持ちを忘れずに、皆で心地のいい塩梅を見つけてください。