コラム

人材育成のパラダイム・チェンジ ~21世紀を生き抜くための人材戦略

1.はじめに

「人が資本だ」「人、人、人の時代」など色々な言い方がありますが、人材育成は重要な経営テーマです。
一方、「人が大切」といいながら、どこまで人材戦略を真剣に考え実行に移しているか、経営戦略と合致する形で運用しているかというと心もとないという方も多いのではないでしょうか。
採用基準や育成計画、あるいは昇格の資格要件や全社的なスキル向上など、どこまで実際の経営目標とリンクしているのか、今回はそのような「経営戦略と人材育成」というテーマを改めて考えてみたいと思います。

2.「どんな会社にしたいのか」~ビジョンから考える人材戦略

GAFAに代表されるプラットフォーム企業や、近年急成長するユニコーン企業など、事業環境は大きく変わってきています。今やデジタルを考えないビジネスはあり得ませんし、グローバルに事業展開していきたいという企業も多いでしょう。M&Aなども盛んに行われるようになって、事業領域が一気に広がるということもあるはずです。

さて、ここで21世紀を生きる自社について、将来的にどんな会社にしていきたいでしょうか。

「組織は戦略に従う」という言い方に倣えば、人材戦略も経営戦略に従います。(「戦略は組織に従う」という観点はまた後日お伝えしたいと思います。)どの事業領域を攻めるのか、自社のコアコンピタンスを何にするか、それらが決まって初めて「どのような人材を採用し、どう育成するのか」という人材戦略が決まってきます。なんとなく優秀そうな人材を新卒一括採用し、OJTで既存事業の訓練を積ませる、というだけで変化の激しい時代に生き残っていけるわけではありません。

例えば空調メーカー大手A社はグローバル展開していますが、環境問題やエネルギーマネジメントが重要になってくる昨今、ハードの商品だけでは競争に勝てなくなってきています。ビル全体のエネルギーマネジメントという意味では、空調だけでなく、照明やエレベーター等も含めた全体のマネジメントが必要となり、それはソフトウェアの領域になってくるでしょう。人材育成としては、ソフトウェアを考慮したハードの設計であったり、AIやIoTなども念頭に置いたスキルアップが必須になるはずです。

アパレル企業として成長しているB社においても、データ経営を徹底するために社員のデータ分析スキルを重点的に伸ばしています。社員全員がエクセルを使ってどんな製品を開発すれば良いか、どの製品を店舗に配置すれば売上が上がるのか、といった分析を行えるようになるため、育成面の投資をしているということです。これもまた、経営戦略がはっきりしているから人材育成の方針が明確になっている事例といえるでしょう。

このように、人材育成は経営戦略と直結し、それを実現するためのものでなければいけません。皆さんの会社では、どのような経営戦略があり、どのようなスペックが必要となるからどのような育成体系が組まれているでしょうか。まずはその一貫性を確認されるとよいでしょう。

3.アウトソースと自動化を使いこなし、人材育成の分野を限定する

インターネットやITが発達した21世紀型のビジネスではプラットフォーム企業が大きな価値を産んでいます。いまやグーグルやマイクロソフトだけでなく、例えばERPシステムであればSAPであったり、クラウドであればアマゾンのAWSであったりと、経営の機能を他社に依存しているケースは多いのではないでしょうか。それは自前でやるよりもコストが安く堅牢で、使い勝手が良いからです。

同様に、副業が解禁されフリーランスが増えていく中、クラウドソーシングであったりビジネスアウトソーシングも増えています。自社で必ずしもコア業務でないのであれば、より得意な会社に変わってやってもらえれば良い、むしろそれを上手く使わなければ競争力がなくなってしまう時代といえるでしょう。

一方、「自動化」というのも重要な発想です。

市況データを毎日エクセルに手入力していたり、毎月の経費精算や請求書の発送などを手作業で行っているという会社は多いでしょう。それらの、実際に付加価値を産まない「作業」についてはITツールを使って自動化していくことが重要です。そこで必要なことはエクセルを使えるスキルというよりは、アウトソースなり自動化なりで、作業そのものをなくしてしまうことでしょう。

これらの変化を人材育成戦略からみれば、結局「何を自社に残すか」、「何を自社に残さないのか」という判断が必要ということです。


自動化やアウトソースを駆使していくと、今までの固定費がどんどんと圧縮されていくと同時に、人材に余裕が出てくることになります。その分、自社の付加価値の中心であるコア業務に携わる人材を集め、再教育し、スキルアップさせていく必要があるでしょう。例えば米国のGEや韓国のサムスン電子工業などでは売上高の1%を人材育成にかけていると言われます。両社は10兆円規模の会社ですので、1%といえば年間1,000億円になりますが、そのくらいの規模で「人を育てる」ことにコミットしているということです。

どんな人材を、いつ、どのように育てていくのか、しっかりと定義した中で長期的な視点で「投資」をしていく意識が大切です。上司が変わるたびに思い付きのようにコロコロと育成方針が変わることはないでしょうか。最新のテクノロジーや他社サービスを上手く使いながら、人材育成においても「自社のコア業務」に集中して行うことが重要なのです。

4.人材育成は経営者自身の仕事である

要するに、自社の人材育成は経営者が決めるべきトッププライオリティ(最優先事項)の一つなのです。経営戦略を決め、必要な人材要件を決めること、何をアウトソースし、自動化し、そして人が行うコア業務は何かを定義すること、それを全社に徹底して広めること、それらをブレずに行うことで一貫性のある強い組織になっていくことができるでしょう。

また、経営者自身も「育成」そのものに関与していく必要があります。上記のGEの前CEOであるジャック・ウェルチやジェフリー・イメルトは執務時間の30%をGEの研修施設であるクロトンビルで過ごしたと言われます。また、イメルトは幹部候補人材と定期的に1対1で食事を取り、その人の適性を見極め、必要なプロジェクトが発生するたびに自分で「その仕事には彼を抜擢したい」と選抜していたということです。

経営戦略に経営者自身のポリシーが出るとすれば、それを実現する人材の育成もまた経営者がポリシーをもって関与していかなければならないものです。企業における人材育成というのは、単に知識やスキルを座学で身に付けたり、OJTで訓練するだけのものではありません。その企業の歴史であったり理念を学んで自社に対して誇りを持つこと、また今の経営戦略をトップ自らの口から語ってもらい、将来に対するモチベーションと勝ち抜く勇気を得ることなどソフト面の要素も強くあります。そういった関わりによって社員の価値観が醸成され、企業文化につながり、より一層ブレない経営戦略の遂行が可能になるでしょう。

さて、皆さんの会社では経営者自身が人材育成や採用に関わる機会はどれほどあるでしょうか。「企業は人である」という場合、その人を育てることは経営の最重要課題になるはずで、そこにはトップ自身が関与していくということをどこまで体現するか、ぜひ再度見直してみて頂きたいと思います。

5.おわりに

人材育成というものはどの企業でも大切だと言いながら、多くの場合はOJTという名の放任になっていることが散見されます。また社員自身も終身雇用を前提とし、就職してから自主的に学び直す機会も少ないと言ってよいでしょう。

しかしその中でもグローバル競争は厳しくなり、テクノロジーの発達によって新しいビジネスがどんどん出てきています。すぐに人が育つわけではない以上、必要な人材を定義し、意識的に採用・育成していかなければすぐに競争に負けることになるでしょう。

経営戦略に沿った人材育成を徹底すること、必要な人材の条件をアップデートすることは、時には社内で軋轢を産むかもしれません。しかし、だからといって変革を辞めるわけにはいきません。経営戦略を明確に示し、だからこういう人材になっていってほしいと情熱をこめて語り掛けること、これもまた経営者の大切な役割なのです。