コラム

視点を高める処方箋 ~具体化と抽象化の技術を磨く

1.はじめに ~視点を上げろと言われても…

「管理職にあがるには視点を上げなければいけない」
多くの人がこのように、よく言われるのではないでしょうか。「なるほど」と思っても、「でも、それってどうしたらいいの?」と分かったような分からないような気持ちになる人も多いのではないでしょうか。

「2つ上の階層から物事を見る訓練をしなさい」
ともよく言われます。では部長はどういう風に考えているのかな、他の部署のことも考えているということかな、ここも分かるようで分かりにくいかもしれません。

今回は改めて、この「視点を上げる」というのはどういう意味なのか、逆に言えば「視点が低い」というのはどういう意味なのか、考えてみましょう。

2.「視点が低い人」の事例研究

視点が低いというのは目の前の物事や現象について、それだけしか目に入っていないということです。その背景にある目的や意味を理解せず、表面的にしかとらえられていない、だから「視点が低い」と言われてしまいます。具体例を上げてみましょう。

(1)若手社員Aさんのケース

ある若手社員のAさんはもともと営業職を希望して入社してきました。
しかし、最初の配属は総務部になっており、今は3年目で購買の仕事をしています。

「私は営業志望で入社したのに、総務に配属になって購買を何年もやらされています。同期はみな営業で経験を積み、実績を上げているのに自分は機材の発注などばかりやらされている。今の仕事は面白くないし、早く営業に異動させてほしいのですが…」


さて、皆さんならこの若手社員にどのように接するでしょうか。

例えば、総務の仕事は営業に役に立たないのでしょうか。営業の相手は顧客の購買担当でしょう。購買の仕事をするということは、顧客の心理を実際に体験するということになります。また、一般的に営業はP/L(損益計算書)の売上面や利益面しか考えないケースが多いですが、購買はB/S(貸借対照表)に影響しますから、そちらの発想も持つことができ、より戦略的な発想が身に付きます。

本部にいるということは経営陣により近く、経営的な発想を理解しやすいということにもなりますし、本部人脈を通じて商品の売価を決めている部署のロジックも詳しく聞けるかもしれません。

そうした経験を積むということは、翻って営業職に着いたときに、他の営業とは全く違う視点に立ち、顧客に刺さる提案ができるようになる可能性も大きいのではないでしょうか。他にも今の仕事が「よりよい営業」になるためにどれだけ意味があるのかという理由は沢山上げることが出来るでしょう。

実際、そのAさんにその話をしてみると、「そんなことを考えたこともなかった」「確かに、いま私は、よりレベルの高い営業になるための布石を打っているということなのですね」と驚いていました。

Aさんはたまたま営業志望ということでこのような言い方になりますが、例えば別の業務を志望していたとしても同様です。会社の仕事は全てつながっているわけで、なんらかの意味づけをしてあげれば自分の希望に役立つような理解はできるものです。


(2)財務担当のBさんのケース

他にも例が挙げられます。財務担当のBさんは毎月末に特定の財務指標(例えば現預金の残高や有利子負債の残高など)を全社員宛にメールするという仕事をしていますが、全く面白くないそうです。

「なぜ面白くないかと言えば、誰も実際はその月末のメールなど読んでおらず、何の反応もありませんし、正直何のためにやっているか分からないからです」

ではBさんはどんな仕事をしたいのでしょうと聞くと、
「財務の仕事は好きで、会社にとって大切だと思っています。だから、もっと財務の重要性を会社のみんなに分かってほしいと思っています」
と言ってます。さて、皆さんならどのように対応するでしょうか。

確かに財務の仕事について多くの社員が理解しているということはあまりないでしょう。その意味で、もっと財務の重要性や面白さを分かってほしいというBさんの思いはよく分かるものです。一方、それであれば、その月に1回全社員にメールを送ることが出来るチャンスというのは、自己実現にとってまたとない機会になるのではないでしょうか。

そのメールを通じて、財務へのファーストステップであったり、ワンポイント講座、あるいはこの経営指標が具体的にどのような影響を与えているのか、なぜ月に1回配信しているのか、といった情報をうまく提供していき、また財務に関する質問は何でも受け付けるといった文言を添えて自分に照会が来るようにすれば、会社にとっても大きな意味合いが出てくるでしょう。目の前の「メール配信」という仕事を「それだけ」として捉えている視点こそ問題であって、それこそ「視点が低い」ということに他なりません。(また、Bさんの場合、なぜそのメール配信をしているのかという理由からしっかり理解する必要があるでしょう)

3.抽象化と具体化の技術

(1)抽象化の必要性 ~目的の理解や一般化への視点

視点を高くするためには、まず「抽象化」のスキルが欠かせません。管理職やリーダーになる人間には実績が必要かもしれませんが、あらゆる業務を体験するわけにはいきません。部下の仕事について常に自分の方が良く知っているということはあり得ないのです。ではどうしてある人は(知らない業務も)うまくマネジメントできて、ある人はできないのでしょうか。


それは、今までの自分の体験からより普遍的な学びや気づきを抽出できるか(抽象化)という点にかかってきます。体験した具体的なことから、他でも通用するような大きな気づきをえることができるか、背景にある一般原則、目的、そういうものに気が付けるかということです。先ほどの例で言えば、「より優れた営業になること」という目的の一環として今の総務の仕事を見ることができるか、「財務の重要性を社員全員につたえていくこと」という目的の一環として今のメール配信の仕事を捉えることができるか、ということです。

これは別にこの目的に限らず、「経営人材になること」という目的でも構わず、目的が変われば意味づけが変わるだけの話になるでしょう。目的と手段、一般原則と具体的事例という関係性に気づき、より高い次元(=目的や一般原則)から物事を眺め、意味づけることができることを「視点が高い」というということです。

視点を高くすると、なんらかの法則性が見えやすくなります。法則性が見えれば将来も予測しやすく、また対応もしやすいでしょう。突発事象に驚くことも少なくなるはずです。地面を動くアリにとって、上から降ってくる人間の足はどう映るでしょうか。アリがほぼ2次元の世界で生きているとすれば、人間の足はランダムに現われる脅威ということになるでしょう。予測する術は殆どなく、できることとしては地下に潜るか、体を鍛えるしかありません。しかし、この人間の動きを3次元からみれば、人が歩く方向性を予測することが出来、次の一歩はどこに落ちるか読むことが出来るはずです。視点を上げる、見る次元を上げるということはそういう効果をもつものです。

私たちはどうしても目の前の現象にとらわれ、視野狭窄になりがちです。また、自分の体験だけにとらわれ、あのときこうだった、自分はこうしてきた、といった経験のみにとらわれてしまいます。一歩下がって、より高い次元から見たとき、それにはどのような原則があるのか、あるいはどのような目的があるのか、が見え大所高所から対応することができるでしょう。


(2)具体化の必要性 ~相手の事情を理解する想像力

抽象化する能力とセットで必要なことは、その反対の具体化できる能力です。単純に一般論だけで話をするのは中身のない空理空論になりがちですし、素人の域を超えません。一般にプロフェッショナルというのは、一つの領域についてどこまでも具体化していける人たちのことをいうのであって、ソムリエはワインについて一日中語ることができ、自動車ディーラーは車について誰よりも詳しくなければいけません。リーダーになっていく人も、どこかの分野では実績を上げており、その分野についてはプロフェッショナルとしての専門性をもっているものでしょう。

しかし、全ての業務を経験することが出来ない中で、どのように知らない業務を具体化できるのでしょうか。ここでも抽象化の能力が関係してきます。経験でしか語れない人というのは、「あのケースではこうだった」「別のケースではこうだった」と一つ一つの事象を個々に把握しています。その間の関係性や全体の因果関係などをあまり深く考えないないために、新しい事象や別の分野について考えることがあまりできません。

一方、自身の経験を抽象化して考えられる人は、全体の体系の中に自分の経験を位置づけることで、それぞれの意味というものを意識することができます。全体の目的に照らせば、あの作業にはこういう意味がある、逆に言えば、別途この作業が必要になるだろう、であるとか、一般原則でいえばこういう結論になるはずであったが、あの場合は特殊事情があったから別の結論になった、したがって今回のケースでは原則通りになるはずだ、などの思考回路を取ることができるということです。

全体の体系的な理解ができていることで、まだ起こっていないケースや、別の部署の業務の意味合いについても考えることが出来、きっとこういう作業があるはずだ、あるいはこの人がやっているこの仕事にはこういう意味があるはずだ、という理解ができることになります。やっている本人は気付いていない、本質的意味にも素早く気付くことができるでしょう。だからこそ詳しくない業務についてもマネジメントできるということになります。具体的な作業内容ではなく、その意味合いを指導することができるのです。

この具体化の視点は部下に対する共感性にもなります。自分は詳しくないから分からない、ではなく、その作業にはこんな意味があるんだろう、と自分なりの理解を示すことで部下との対話も進むでしょう。結果として、自分なりのより深い理解につながるはずです。

4.より高い目的に紐づけて考える

今回のコラムで考えてきたように、経験だけで物事を見るのではなく、それをより大きい目的の中に位置づけなおすことが出来ること、より大きい一般原則のなかで体系的に理解できることが「視点を上げる」という意味合いです。そのことにより、自分の経験そのものも見直すことになり、より柔軟な考え方になっていくこともできるでしょうし、今の目の前の仕事の意味合いもより深く理解することができるはずです。

私たちはどうしても組織の中で細分化された作業を割り当てられるために、目的意識が薄くなりがちです。経営的な一般原則を学んで、その説明を受けることも少ないでしょう。しかし、企業はその目的達成のために各業務があるのであり、その逆ではありません。視点を上げることは、仕事のやりがいにもつながる重要な考え方です。是非部下や後輩の皆さんに伝えていきましょう。