Column
企業における技術継承と人材育成
技術継承ができないまま団塊世代が引退し、技術を持った人材が空洞化した2012年問題。中小企業を中心としたこの問題は多くの企業でいまだ解決されず、人材は不足したままです。そのようななか、時代に合わせた新しい方法で問題解決を試みている企業もあります。これらの企業では知的財産と技術の継承をどのように行い、人材を育成しているのでしょうか。その方法と事例を見てみましょう。
技術継承問題の背景と課題
企業が自社内で技術継承を行ってこなかった理由のひとつに、空洞化問題をあと回しにして外部に技術者を求めた「アウトソーシング化」があります。
また、技術継承がスムーズに進まなかったという背景もあります。熟練世代の人々は、「技術は盗むもの」「厳しく指導する」など自分たちが習得した時代の継承方法しか知らない場合もあり、そういったケースでは教わるほうの次世代の人が耐えきれずに習得する前に辞めてしまうのが実態です。
また、技術を継承するルールや研修などが形式化されていないため、教わる側の習得に要する時間や習熟度にムラが生じます。
本来なら早期に継承すべき技術と知的財産を明確化し、技術継承と人材育成を実行しなければなりません。しかし、多くの企業が目先の課題を優先し、実行しないまま現在に至っているようです。
組織や企業で継承を形式化 知識共有の意識を
では、技術継承が行われている企業では、どのような方法が試みられているのでしょうか。
株式会社三ツ矢の事例
東京都品川区の三ツ矢は、メッキ加工を行う企業です。
同社では、綿密な人材育成計画を社内全体で共有し、社を挙げて人材育成に取り組んでいます。社員は必要な専門知識や技能の習得に向けて研修および支援を受けることができ、そのカリキュラムは熟練技能者が策定、進捗状況を社内で共有します。
また、社内で独自の資格認定制度を設け、取得者には手当てを支給しています。そのため、社員は高いモチベーションで技術習得に取り組むことができ、結果として企業の技術力向上につながっているのです。
今後は熟練技能者向けの「教える側の教育」も行いながら、社内人材の育成力を同社の強みとすることを目標としています。
株式会社キメラの事例
北海道室蘭市のキメラは、精密金型の設計・製作、精密金属機械加工を行う企業です。
同社では、ワイヤーカット放電加工や高速切削加工などの最適加工条件といったノウハウを、誰でも活用できるようにデータベース化しています。そうすることで技術は社内で共有され、指導者によって変化しない形式化した技能の継承が可能となります。また、材質や硬度、加工面の面積、加工方法といった諸データを入力すると、最適加工条件を出力することができるため、業務効率が上がり納期短縮にも貢献しているそうです。
VRを活用した体験型育成も
上の事例で見たように、研修制度やノウハウのデータベース化などで技術継承が進む場合もありますが、習得までに時間がかかるという問題も残ります。
そこで、最近ではVR(Virtual Reality:仮想現実)を使った技術継承に取り組んでいる企業も現れています。
鋳物工業で有名な埼玉県川口市では、鋳物職人の高齢化が進んでいます。この課題に対し、埼玉大学大学院の綿貫啓一教授はVRによる鋳物工場の再現と熟練技術のデータベース化を行い、バーチャル空間の中で頭と体を使って熟練技能を習得できるシステムを開発しました。通常のOJTでも五感を通して実際の作業を学ぶことはできますが、工場の環境や溶かした鉄の成分によって状況が変わるため、それぞれに応じた対応を学ぶには非常に時間がかかります。それが、VRではさまざまな状況や作業環境を再現可能で、既存の伝承方法と同じように五感を使い、しかも早く習得することができるのです。
VRは熟練技術の継承だけでなく、外国人労働者の技術習得やスキルアップへの活用も期待されています。2012年問題が解決しない理由に、人による指導だけでは限界があることも挙げられるでしょう。しかし、仮想現実の中で技術に触れる体験ができるVRが、今後の解決策のひとつになるかもしれません。
戦後の日本経済が発展した背景には、職人たちの技術や知識がありました。それを継承していくことは、今後の経済発展に不可欠です。若い技術者・継承者を育成することが、企業と経済の発展に寄与します。現在の企業活動に合わせた人材育成の方法を見出し、知識と技術を伝えていくことは急務なのです。
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